福井県 大木俊さん(30代・会社員)の恐怖体験談
軽い気持ちで始めたその「儀式」を、今も終わらせられていないんじゃないか。
そう思うことが、10年経った今でも、時々あります。
今から10年以上前の話です。
車の免許を取ったばかりだった私は、週末になると、当時付き合っていた彼女とドライブに出かけるのが習慣でした。
初めのうちは、夏なら海、それ以外の季節は観光名所。 そんな感じで、ごく普通のドライブデートを楽しんでいました。
でも、そのうちネタが尽きてきて。
いつからか、雑誌やネットで見つけてきた心霊スポットに、通うようになっていたんです。
日帰りで行ける範囲は限られていますから、毎週のように通っていれば、当然すぐに行き先も枯渇します。
それに、霊感も何もない2人が行ったところで、これといって怖い経験も、不思議な現象も、特に起きたことはありませんでした。
このお話は、そんな週末の合間に、突然巻き起こった、ある金曜の夜の出来事です。
その日、私のマンションに遊びに来ていた彼女――美希(仮名)が、テーブルの上に置いてあった心霊系の雑誌を眺めながら、嬉しそうに話しかけてきました。
「ねぇ、俊。これ知ってる? 『ひとりかくれんぼ』ってやつ」
「ん? 何それ。一人でかくれんぼするの?」
美希がいたずらっぽい目で差し出してきた雑誌には、「ひとりかくれんぼのやり方」という見出しが、おどろおどろしい書体で躍っていました。
ざっと目を通しましたが、正直、その時はピンときませんでした。 私は何気なく、明日のドライブの行き先の話に、話題を変えてしまいました。
それから1ヶ月ほど経った、ある日のことです。
いつものように私の部屋に遊びに来た美希が、部屋に入るなり、カバンからタグ付きのままのうさぎのぬいぐるみと、愛用の手帳を取り出しました。
嬉しそうに、こう切り出したんです。
「ねぇ、俊。ちょっと前に『ひとりかくれんぼ』の話ししたよね」
うなずくと、美希は続けました。
「その『ひとりかくれんぼ』のね、正式なやり方っていうのを、入手しましたー!!」
異常なテンションに、私はちょっと引きました。
でも、こうなるともう、美希の勢いは止まりません。
私は手帳に書かれた「正式なひとりかくれんぼのやり方講座」を、延々と聞かされる羽目になりました。
「1、ぬいぐるみのお腹の綿を出して、代わりにお米を詰めます」
「2、自分の爪、もしくは髪の毛か血を、お米と一緒にぬいぐるみのお腹に入れます」
「あ、俺、今朝爪切ったばっかりだわ」
「えーっ!」
仕方なく、爪と髪の毛は美希のものを使うことになりました。
「3、赤い糸でぬいぐるみのお腹を縫って閉じます。余った糸は切らずに、ぬいぐるみに巻きつけておきます」
「4、ぬいぐるみに名前をつけます。『あいちゃん』にしましょう」
命名の理由はよくわかりませんでしたが、特に反対する理由もありません。
「ここまでで、事前準備完了ね」
「え、これでやっと事前準備なの? 長いね……」
正直、少し飽きていました。
「5、午前3時になったら――」
「ちょっ! 3時!? それまで待つの?」
「そうよ。ちゃんと聞いて。午前3時になったら、ぬいぐるみに向かって『最初の鬼は俊だから』って3回言います」
「え? 俺、最初?」
「そうよ。イヤ?」
「イヤじゃないけど……ルール難しいな……」
「でもダメ。最初は俊が鬼だから、ちゃんと覚えて」
その時、ふと、おかしいなと思ったんです。
「これって『ひとりかくれんぼ』だよね? 俺と美希ちゃんとぬいぐるみ入れたら、3人じゃね?」
「……そうね。でも、ぬいぐるみは元々カウントしないから『ひとりかくれんぼ』なんだけど、今日は『ふたりかくれんぼ』だね」
もうその時点で「正式」じゃなくない? と思いましたが、機嫌を損ねるのも嫌で、あえて突っ込みませんでした。
その後も、美希のプレゼンは続きました。
要約すると、こういう手順です。
水を張ったバスタブにぬいぐるみを沈める。 部屋に戻ってテレビを砂嵐の画面にして、それ以外の明かりは全部消す。 目を瞑って10秒数えたら、包丁を持って浴室へ行き、「あいちゃん見ーつけた!」と言いながら、ぬいぐるみを包丁で刺す。
その後、「次はあいちゃんが鬼!」と言いながらぬいぐるみを置いて、すぐに逃げて部屋のどこかに隠れる。 その間、心霊現象や怪奇現象が起きる、というのです。
この儀式を終わらせるには、あらかじめ用意しておいた塩水を口に含み、浴室にいるぬいぐるみに吹きかけながら、「私の勝ち」と3回言うのだそうです。
「分かった? ルール、覚えた?」
「……うん……」
嬉しそうにぬいぐるみのお腹を切って綿を出し、米や自分の爪、髪の毛を詰めている美希の姿を見ながら、私は少し、空恐ろしさのようなものを感じていました。
奇妙な儀式の準備が全て整い、夕飯と入浴を済ませて、つまらないホラー映画を観ながら、2人で3時になるのを待ちました。
そしていよいよ、開始の時刻です。
「あいちゃん」を持って浴室へ行き、半分ほど水を張ったバスタブに沈めると、儀式が始まりました。
「最初の鬼は『俊』だから。最初の鬼は『俊』だから。最初の鬼は『俊』だから」
一旦部屋に戻り、テレビを砂嵐の画面にして明かりを消し、2人で目を瞑って10秒数えました。
その後、テーブルに置いてあった包丁を持って、再び浴室へ。
「あいちゃん見ーつけた!」
そう言いながら、私はその包丁でぬいぐるみを刺しました。
「よし。次、進めて」
「次はあいちゃんが鬼!」
ぬいぐるみを置いて、2人ですぐに浴室から逃げました。
私は寝室のクローゼットの中に隠れました。 美希は浴室を出て反対側に逃げていったので、おそらくシューズクロークに隠れたんだろうと思いました。
何かしら不思議な現象が起きるのを、少し期待しながら。
息を潜めて、ただひたすら、じっと待っていました。
ただひたすら。
じっと。
静かに。
声も出さず。
……待っていましたが。
いくら待っても、何も起きません。
ポケットの携帯で時間を確認すると、儀式の開始から、1時間半ほど経っていました。
ふっと我に返って、なんだかバカらしくなってきました。
儀式を終わらせようと、用意しておいた塩水を口に含んで、浴室へ向かいました。
その途中、ちょっとしたイタズラを思いつきました。
美希に気づかれないように儀式を終わらせてから、そーっとシューズクロークへ行って、驚かせてやろうと。
「いきなりクロークのドア開けてちょっと水でもかけたら、美希ちゃんびっくりするだろうな」
そんなことを考えていたら、口に含んだ塩水を吹き出しそうになって、必死にこらえました。
そっと、音を立てないように脱衣所のドアを開けました。
右手にある浴室の折れ戸を、ゆっくりと開けます。
携帯のライトの先に浮かび上がったのは――
仰向けで上半身をバスタブに沈めた、美希の姿でした。
両足だけが、ダランと外に飛び出しています。
「み……美希ちゃん!!!」
慌ててバスタブから引きずり出し、頬を叩いても、反応がありません。
すぐに救急車を呼びました。
病院に運ばれた美希は、幸い、少し水を飲んだだけで、大事には至りませんでした。
でも私はその後、「彼女を殺そうとしたのではないか」と、警察に長々と事情を聞かれることになりました。
後になって美希に聞いたところによると、シューズクロークに隠れている間、いつの間にか眠ってしまい、気づいたら病院のベッドの上だったそうです。
彼女がなぜバスタブの中にいたのか、それは誰にもわかりません。
「ひとりかくれんぼ」というのは、「自分自身に呪いをかける呪術」なのだそうです。
ぬいぐるみに爪や髪を入れる行為には、その人の分身を作るという意味合いがあるといいます。
ところで、私には、今も一つ気になっていることがあります。
儀式を終わらせるために向かった浴室で、口に含んだ塩水は、慌てて吹き出してしまいました。
「私の勝ち! 私の勝ち! 私の勝ち!」
儀式を終了させるためのそのセリフを、私は結局、言っていないんです。
私たちの「ひとりかくれんぼ」は――
本当に、終わっているのでしょうか。


