山小屋の怪

山小屋の怪

東京都 会社員 河本将暉(46)

それは3年前の秋、趣味の山登りでS県とG県の県境にある山を登っていたときの出来事です。

紅葉の季節も過ぎ、本格的な冬を迎えるこの時期は、他の登山者も少なく、山を独り占めできるので、一人登山が好きな私には絶好のシーズンです。

何日も前から天気予報を頻繁に確認し、ちょっとした予報の変化にも留意していたのですが、いざ当日になり山を登ると、中腹を過ぎたあたりで、予報に反して雪が降り始めました。

山の天気は変わりやすく、予想や予報通りというわけに行かないことは、百も承知です。

万が一のために準備していたスノースパイク(靴に付ける滑り止めの器具)を使って頂上を目指そうかとも思いましたが、その時の私は完全な冬装備というわけではなかったので、本格的に雪が降り積もると厄介だと考え、目的にしていた頂上付近の山小屋まであと少しというところで、雪が強くなる前に下山することにしました。

ところが、引き返そうとしたその矢先、薄っすらと積もった雪で足を滑らせ、私は不覚にも足をくじいてしまいました。

そこで私は、痛い足をかばいながら下山するよりは、もう少し登った先の山小屋で休憩して体制を立て直し、明日の朝下山しようと考えました。

そこは何度も何度も登り慣れた山でしたので、その時点で特に不安はありませんでした。

持ってきた水も食料も十分あります。

それに、山小屋には万が一の時のために、多少の水と食料が備蓄してあるのです。

そこから痛む足をかばいながら1時間ほどかけて、ようやく山小屋にたどり着いた時には、思ったよりも体力が消耗していました。

「思ったより時間がかかったな。 片足をかばいながら歩くというのは、こんなにも体力を奪われるのか・・・」

長年の登山経験の中でも初めての体験に、私は一つ勉強になったと思いました。

小屋の中で靴を脱いで、くじいた足を確認してみると、幸いなことに大きく腫れたり強く痛んだりはしませんでしたので、明日の朝になれば問題なく下山できるだろうと思いました。

この一連の出来事で、我ながら冷静で正しい判断を下した自分に少し満足しながら、リュックからシュラフを取り出し、中に入ってのんびりと、持参した小説でも読んで至福の時間を過ごそうと考えました。

リュックの中に入れたはずの小説を漁っていたとき、静かだった山小屋の静寂を破って

「ドンドン!!」

と外から小屋を叩く音がしました。

突然のことに驚いた私は、それが聞こえた方向から察するに、誰かがドアをノックした音だと気づくのに、少し時間がかかりました。

高鳴る心臓の鼓動が収まらないうちに、私はドアの方に向かって

「どうぞ」

と声をかけました。

しばらく反応を待っていましたが、誰かが入ってくる様子もなく、返事もありません。

するとややあって、また

「ドンドンドン!」

と、先程より強くドアを叩く音がしました。

私の声が聞こえなかったのかと訝しみながら、私はより大きな声で、

「どうぞ! 入ってください!」

と言いました。

それでもノックの主は、小屋に入ってこようとはしません。

雪の降り初めと同時に少し風が吹いてきたので、私の声が多少聞こえにくい状況だったかもしれませんが、それにしても全く聞こえないということはないはずです。

私は仕方なくシュラフから這い出て、痛む足をかばいつつ靴を履き、ドアの方に近付いてもう一度言いました。

「どうぞ!! 入ってください!!」

それでも何の反応もないことに、私は少し苛立ちました。

冬場は雪深いこのあたりの山小屋は、ドアの外に積もった雪で出入りできなくならないよう、小屋の内側に向かって扉が開閉できるようになっています。

ドアまでヨタヨタと歩いていった私は、ドアノブに手をかけ、力を込めて一気に引きました。

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