某県 藤原順子さん(30代・監察医)の恐怖体験談
監察医という仕事について、まずは少しだけ説明させてください。私たちが行うのは「行政解剖」と呼ばれるもので、事件性はないものの死因がはっきりしないご遺体を対象に、死因を調べる作業です。テレビでよく耳にする「司法解剖」とは違います。あちらは犯罪の疑いがある場合に、大学の法医学教室が裁判所の委託を受けて行うもの。私たち監察医が扱うのは、自宅などで亡くなり、警察の検視を経て運ばれてくるご遺体です。
検案を行い、死因が特定できればご遺体はご遺族のもとへ。特定できなければ、行政解剖に回されます。
その日の依頼も、最初は「よくある行政解剖のひとつ」のはずでした。
運ばれてきた調書に目を通します。二十代前半、小柄な女性。発見されたのは六畳の洋室で、ベッドの脇に鏡台があったといいます。
彼女は、その鏡台の上に頭を右向きに乗せた状態で、正座をしたまま亡くなっていました。
争った形跡はない。誰かが押し入った様子もない。
鏡台の右側、ちょうど彼女が顔を向けていた先には、遺書らしき手紙が一通。その上に、彼女自身の指紋が付いた、握りこぶしほどの大きさの石が、まるで供え物のようにきれいに置かれていたそうです。
そしてもうひとつ。浴槽には、彼女のものと思われる長い髪の毛と、カミソリが残されていました。
――髪を剃って、正座をして、遺書を残して。
調書だけを見れば、痛ましいけれど、そう珍しい話でもありません。私はいつも通り、検案室でご遺体と向き合いました。
色白な女性でした。頭髪はきれいに、本当に一本残らず剃り上げられていて、頭皮には浅い切り傷がいくつか見られます。カミソリで剃った時についたものでしょう。ここまでは、調書の内容と矛盾しません。
ただ、ひとつだけ、どうしても気になるものがありました。
スキンヘッドになったその頭皮全体に、直径五ミリほどの、丸くて小さな銀色のものが、びっしりと、それも整然とした間隔で貼り付けられていたのです。
正直に言うと、私にはいわゆるトライポフォビア――ブツブツとした集合体を見ると強い不快感を覚える気質があります。一瞬、ぞわっとしました。それでも、これが仕事です。深呼吸をひとつして、検案を続けます。
このブツブツは何なのか。ピンセットの先で、その一つに、そっと触れてみました。
シールではありません。
金属の、頭の部分でした。
よく見ると、それは釘だったのです。頭皮に食い込むようにして打ち込まれた釘が、耳の上から頭頂部にかけて、まるで測ったように整然と並んでいました。
(これのどこが事件性なし、なんだろう。司法解剖の案件じゃないの……?)
とはいえ、途中で投げ出すわけにはいきません。すぐにレントゲンを撮りました。
画面に映ったものを見て、しばらく手が止まりました。五、六センチほどの長さの釘が、何十本も、頭蓋骨の中まで突き刺さっている。
数えると、その数は八十一本。
すべてが、脳にまで達していました。
さらに調べを進めると、釘の刺さった箇所の皮膚には、すべてに皮下出血が見られました。
これは「生活反応」と呼ばれるものです。つまり――八十一本目の釘が打ち込まれるその瞬間まで、彼女はずっと、生きていたということになります。
ここから先は、警察の調書と検案の所見をもとに、私が組み立てた推測です。
彼女はまず、鏡台の上で遺書をしたためたのでしょう。それから浴室へ向かい、浴槽の中で、長かった髪をカミソリで、すべて剃り落とした。頭皮の切り傷は、このときのものだと思われます。
髪を剃り終えると、彼女は部屋に戻り、鏡台の前に正座をします。
そして、恐ろしい儀式が始まります。
出血の状態と、頭蓋骨に入ったひびの入り方から推測すると、彼女は左手に釘を、右手に握りこぶし大の石を持ち、額の中央に、まず一本目を打ち込みました。
その痛みがどれほどのものだったか、想像もつきません。普通なら、その一撃で気を失っていてもおかしくない。
けれど、儀式は続きます。
最初の釘から二センチほど左に、二本目。さらに二センチ左に、三本目。頭部をぐるりと囲むように、等間隔で釘を打ち込んでいく。
麻薬や薬物の使用は、検査の結果、認められませんでした。つまり彼女は、痛みを麻痺させるものを何も使わずに、この激痛の中にいたことになります。もしかしたら――彼女はその痛みを、楽しんでさえいたのかもしれません。
一周分を打ち終えると、指先で釘の並びを確かめるようにしてから、少し上の位置に二周目を。二周目が終わると、また少し上へ、三周目。
三周目、四周目、五周目……。
この儀式は、六周目まで続きました。
そして最後は、鏡台の鏡に映る自分の頭を見ながら狙いを定め、頭頂部の一点に、八十一本目、最後の釘を打ち込む。
そこで彼女は、鏡台の上にそっとうつ伏せになり、右手に握っていた石を、目の前の遺書の上に置いて――静かに息を引き取ったのだと思います。
本当に、こんな死に方が可能なのでしょうか。私は今も、答えを持っていません。
そしてもうひとつ、私にはどうしても引っかかっていることがあります。
調書には、遺書のこと、石のこと、剃られた髪のことまで、細かく記録されていました。けれど、「部屋の中に釘が落ちていた」という記述だけは、どこにもないのです。
打ち込まれた釘は、八十一本。
彼女は最初から、ぴったり八十一本の釘を用意して、あの部屋に入ったということになります。
なぜ、その数だったのか。なぜ、一本の余りも、一本の不足もなかったのか。
それは、今となっては誰にもわかりません。
日本の自殺者数は、ここ数年は減少傾向にあるといわれています。それでも、年間二万人以上の方が、自らの手で命を絶っています。
そのほとんどは、ニュースになることもなく、誰かに知られることもなく、静かに、虚しく過ぎ去っていく死です。
そしてその中には時々、医学の常識でも、私たち監察医の経験則でも、どうしても説明のつかない案件が、紛れているのです。


