乗車拒否

乗車拒否

千葉県 タクシー運転手 藤木幸仁(55)(仮名)

「運転手さん。何か怖い話とか、ないですか?」

時々、お客さんにこんなことを聞かれると、長距離のお客さんの時だけ、私がまだ若かった頃の、こんな体験談をお話しするんです。

私が勤務しているタクシー会社では、ある程度売り上げが多いドライバーだけの特典として、出勤時間などを個人の裁量に任せてくれるシステムがありました。

自分で言うのもアレなんですが、その頃、社内のトップドライバーとして、何度も表彰されたことがあった私は、相番(あいばん:同じ車をシェアする同僚のこと)もナシで、いつでも自由に出勤OKで、そのことは私自身のステータスでもありました。

当時、私はいわゆる「仕事の虫」でした。
社内で常にナンバーワンでいることだけが私の最重要課題でしたので、とにかく日々の売り上げを優先させる、そんな生活が当たり前でした。

この業界には今でこそ色々と規制があり、連続勤務の制限もかなり厳しくなりましたが、その当時は割と緩い時代で、その上、景気が今よりずっと良かった事もあり、私は今では考えられないほどの売り上げを上げていました。
給与も若くして一流企業の部長さんクラスか、あるいはそれ以上にもらっていたと思います。

その反面、私生活はというと、これがかなりムチャクチャでして・・・
当時、私には交際中の女性がいました。
一時は結婚も考えていたのですが、次第にマンネリ化してきて・・・ その上、私が休みの日でも、とにかく一人で寝て休むことを優先していましたので、彼女とどこかに遊びに出かけるといった事もなく、なんとなく惰性で付き合っているだけのような状態でした。

ある日、私の部屋に来ていた彼女と、大ゲンカになりました。

ケンカのきっかけは些細なことでしたが、とにかく若気の至りと言いますか、その場の勢いと言いますか・・・私は彼女に、ちょっとここではお話できないような内容の、口汚い罵声を浴びせてしまったのです。

私は、泣きながら部屋を飛び出す彼女を追いかけることもなく、それっきり合うこともありませんでした。

「まぁいいか。俺には仕事があるから」

今考えれば、その時の私は、自分にそう言い聞かせ、正当化していただけだったと思います。

翌日からの仕事は、そのことで集中力を欠いていたのでしょうか、全く売り上げが上がりませんでした。

そしてその翌日も、そのまた翌日も・・・

その頃の私は、帰宅時間のサラリーマンと深夜の割増料金のお客さんを狙って、もっぱら夕方から明け方までを中心に走っていました。

私には「必勝パターン」があり、その日も終電前の駅で拾ったお客さんを乗せた後、スーパーサインを「空車」に戻し、次のお客さんを探すため、市内の通りを流していました。

あ、タクシーの助手席寄りのダッシュボードの上に「空車」とか「賃走」「迎車」というマークを見たことがありますか?
「スーパーサイン」というのはその「実空車表示機」のことです。

閑話休題

いつもならその「必勝パターン」で、1組から2組の「当たり」(長距離のお客さん)を乗せて、その日の売上目標をクリアして、気持ちよく車庫に帰るというのがお決まりのパターンだったのですが、ここ何週間か、その「当たり」も拾えず、そればかりか短距離のお客さんにさえ乗ってもらえず、売り上げ目標を達成できない日が何日も続きました。

経験豊富なドライバーというのは、お客さんが手を挙げていなくても、その雰囲気や佇(たたず)まいで「あ、この人、タクシー待ちだな」というのが、かなり遠くからでも分かるものです。

私にもそんな特技があった・・・はず・・・なのですが、乗ってくれそうなお客さんの手前で減速しても、私の車が近付くと、お客さんがあからさまに嫌な顔をして、そっぽを向いてしまうのです。
ヒドい時には上げかけた手を、車が近付くとサッと隠すように下ろす人もいました。

「なんでよ。 なんで乗ってくれないの?」
「このままじゃ足切り(歩合給が支払われるための売上の基準を切ること)だぞ」

私は焦っていました。

1 2
よかったらシェアしてください。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

【恐怖】【ホラー】【心霊】【都市伝説】実話怪談と体験談の総合サイト<AFREET.JP(アフリート・ジェーピー)>へようこそ!
当サイトでは、心霊系、実話系の怪談を中心に、短編、長編を織り交ぜ、ほんとにあった怖い話や、身の毛もよだつ恐怖の体験談をまとめてご紹介しております。
今後も不定期ではございますが、心霊怪談、恐怖体験談、実話怪談を中心に、怖い話を追加してまいります。
どうぞごゆっくりお楽しみください。
<AFREET.JP>管理人:一粒万倍(いちりゅうまんばい)