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兄の遺品

兄の遺品

福岡県 遠藤慶次さん(30代・会社員)の恐怖体験談

私には7歳年の離れた兄がいました。

兄の死から、今年でちょうど20年になります。

中学生だった私にとって、社会人だった兄は、少し眩しい存在でした。自分で稼いだ金でバイクや車を乗り回し、仲間内でもリーダー格。ヤンチャなところも含めて、私にはそれが憧れでした。

その兄が、ある日突然、自分の部屋で首を吊りました。

母によると、友人と出かけて帰ってきた日を境に、人が変わったようになったそうです。それから2ヶ月と経たないうちのことでした。

当時の私は、兄の死をうまく受け止められず、それどころか、勝手に死んでしまった兄に対して、恨みに似た感情すら抱いていました。だからでしょうか、家族の間でも、私の前でだけは、兄の話題はどこか避けられるようになっていました。

長い時間が過ぎ、私も大人になりました。そして節目の20年目に、私はようやく、兄の死ときちんと向き合ってみようという気になったのです。

きっかけは、実家に帰ったときに目に入った、あるダンボール箱でした。

遺品といっても、両親がどうしても処分できずにいた、兄のガラクタをまとめた箱がひとつあるだけです。それでも私にとっては、ちょっとした儀式のようなものでした。箱の前に正座して、大きく息を吸って、そっと蓋を開けます。

舞い上がったホコリの向こうに、兄が応援していたプロ野球チームのグッズ、輪ゴムで束ねた写真、黒く変色したシルバーの指輪、当時乗っていたバイクと車のキー。そんなものが、順序もなく詰め込まれていました。

その中に、小さなカセットのようなものを見つけました。

「ミニDV」と呼ばれていた、あの頃の動画テープです。スマホもデジカメもなかった時代、映像を残すといえばこれでした。当時としては最先端の記録媒体です。

――何が映ってるんだろう。

見てみたい。そう思ったものの、困ったことに、このテープを再生できるカメラもデッキも、もううちにはありません。とうに廃れてしまった規格で、今さら売っているはずもない。

調べてみると、古いビデオテープを1本1000円ほどでDVDに変換してくれる業者があるとわかりました。

ただ、撮影したのは20歳そこそこの、血気盛んな兄です。

――変な内容だったら、まずいよな。

そんな不安もあって、このことは両親には黙っておくことにしました。テープをこっそりポケットに入れ、その足で実家を後にしました。

自宅に戻ってすぐ業者に依頼し、10日ほどで、マスターテープと一緒にDVDが送られてきました。

さっそくデッキに入れて、再生ボタンを押します。

テープの劣化のせいか、映像にも音声にもノイズが目立ちます。それがかえって、古い記憶を覗いているような、不思議な雰囲気を作っていました。

久しぶりに見る兄は、当たり前ですが若くて、やっぱりカッコよくて。友人とふざけ合う姿、バイクで急カーブを攻める姿、車の中で笑いながら喋る姿。懐かしさで、気がつくと目の奥が熱くなっていました。

――そうか。この時の兄ちゃんより、もう俺のほうが年上なんだな。

そんなことを思いながら見ていると、映像が切り替わりました。

暗闇に、大きな灰色の建物が浮かび上がっています。友人らしき声に混じって、少しかすれた兄の声。カメラに映っているのは友人だけなので、撮っているのは兄でしょう。

近づいていくと、周りには雑草が生い茂り、窓ガラスはほとんど割れています。廃業したホテルか、病院か。数人の男女の声から察するに、友人たちと肝試しに来たようでした。

画質は悪く、音声にもノイズが入り、ガサガサと何かを踏む足音と手ブレで、見ているだけで少し酔いそうな映像が続きます。

シーンが何度か変わっても、代わり映えのしない廃墟の中。正直、退屈でした。

早送りしようかとリモコンに手を伸ばした、その時です。

映像が、急に変わりました。

コンクリート打ちっぱなしの部屋の隅。ビデオを持ったまましゃがみこんでいるのか、画面は不安定に揺れています。

ハアハアという荒い息遣いだけが、妙に近くで聞こえてきます。

これまでの流れからして、この息の主は、たぶん兄です。

映像はもう、何を撮っているのかもわかりません。誤って録画ボタンを押したまま、気づいていないようでした。

次の瞬間、真っ暗な建物の中を、ビデオのライトだけを頼りに、兄が走っています。

何かから、逃げているようでした。

激しい手ブレで画面は判別できないまま、荒い息遣いと、ガレキを踏みつける足音だけが、途切れることなく続きます。

「ケイタロウ! そっち行ったぞ!!」

兄の名前を呼ぶ友人の声。

また、コンクリートの部屋の隅が映ります。走ってきた兄が、そこに逃げ込んだのでしょう。息を殺すように、部屋の隅で身を潜めている。そんな気配が伝わってきました。

「ケイタロウ! 後ろ!!」

その声と同時に、兄がカメラを構えたまま、ライトを後ろに向けます。

激しく揺れる画面と、ノイズ。

一瞬だけ、何かが映りました。

それが、兄に向かって突進してくる。

そして、カメラごと兄に覆いかぶさるように、通り抜けていきました。

白髪交じりの、老婆のようにも見えました。人だったのか、そうでなかったのかもわかりません。ただ、その一瞬に感じたのは、ひどく強い恨みを抱えた何か、という直感だけです。

カメラは、地面に落ちたのだと思います。しばらく、薄汚れた床だけを映し続けていました。

画面の隅に、力なく伏せられた右手が映っています。指には、あの箱にあったシルバーの指輪。

そして、かすかに、誰かのつぶやくような声が録音されていました。

ボリュームを目一杯上げて、耳を澄ませます。ノイズの向こうから、かろうじて聞こえてきたのは――

「・・・アク・・ン・・ク・・カ・・・ア・・・イン・・クカ・・・」

はっきりとは聞き取れません。ただ、何かの呪文のような響きが、弱々しい兄の声で、しばらく繰り返されていました。

そこで、映像はプツリと途切れました。

もう一度、最後のシーンを見返そうと、リモコンに手を伸ばした瞬間でした。

デッキから、DVDが勢いよく吐き出されました。

驚いて手に取ると、思わず落としてしまうほどの熱さです。見ると、DVD自体が熱で歪んでいました。

それから何度デッキに入れても、二度と再生されることはありませんでした。

しばらくして実家に帰ったとき、私はふと、あの言葉のことを母に聞いてみました。

「なぁ、『アカクンカ』やか『アクインカ』やかって、知っとうと?」

母は「どこで聞いたん」と戸惑いながらも、それまで私には話していなかったことを、少しずつ語ってくれました。

兄は自殺する前、精神的に不安定になり、しばらく精神科に入院していたそうです。自ら命を絶ったのは、その病院から一時帰宅した日の夜でした。

そして入院していた間、兄はずっとこの言葉を、まるで呪文のように繰り返し口にしていたというのです。

「・・・ア・・・ク・・イン・・ク・・カ・・・アク・・・イ・・ン・・クカ・・・」

その言葉は、

「悪因苦果」

だったそうです。

悪いことをすれば、必ず悪い報いがある。仏教の言葉で、いわゆる因果応報と同じ意味だといいます。

こんなことを言うのは兄に悪いのですが、あいつの学力で、そんな言葉を知っていたとは思えません。

あの廃墟で兄に覆いかぶさっていった何かが、兄の中に入り込んで、教えたのではないか。私は今でも、そう思っています。

マスターテープは、今も私が大切に保管しています。ただ、その中身については、これからも私一人の胸にしまっておくつもりです。

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