大阪府 大畑遵憲さん(30代・会社員)の恐怖体験談
私の家族は、全員に霊感があります。 父も母も、姉も。先祖代々、ずっと受け継がれてきたものだそうです。 物心ついた頃には、それが当たり前の家族の中で育ちました。 それは、ありがたい能力である反面、ときどき、取り返しのつかない後悔を私に残していきました。
行ってはいけない場所や、これから起きる事故から身を守ることができる。知人の病気が進行する前に、それとなくアドバイスしてあげられる。そう考えると、割とありがたい能力だと思っていました。
でも、その反面、とても不便なこともあるんです。
霊感が強い人は、バイクや車の免許が取れません。
運転中、突然霊が飛び出してきても、生きている人との区別が付かないからです。周りから見れば、何もないところで急ブレーキをかける。そんなことが起きてしまいます。
私も幼い頃から、自転車で同じような目に何度も遭ってきました。今では、走るより早く移動するときは、必ず誰かが運転する乗り物にしか乗れません。
ただ、私以外の家族には、スイッチのようなものがあるようでした。霊視をしたいときはオンにして、普段はオフにする。両親も姉も、そうやって車の運転をしています。
なぜか私にだけ、そのスイッチがありませんでした。
だから、家族の中で私だけが、バイクや車の免許を取ることができなかったんです。
そんな私が独自に見つけた「オン・オフ」の切り替え方法は、ちょっと変わったものでした。
家族の中で唯一、私だけがド近眼だったんです。メガネを外すとボヤけて見えるのが生きている人。メガネを外してもはっきり見えるのが、霊。それが、生きている人と霊とを区別する、唯一の方法でした。
それともうひとつ。これは家族の誰にもない、私だけの能力です。
もうすぐ亡くなる人は、メガネを外して見ると、はっきり見えるんです。つまり、死期が近い人は、私にだけ「霊」のように見える。
そのことに気づいたのは、高校の担任の先生が亡くなる、少し前のことでした。
授業中、何となくメガネを外してみました。教室の中も、クラスメイトも、いつも通りボヤけて見えます。でも、教壇に立っている担任の先生だけが、妙にはっきりと見えたんです。
その2週間後、先生は事故で、突然亡くなりました。
今思えば、一言「しばらく気を付けてください」と伝えれば良かった。ずっと、そう後悔しています。でも、あの出来事が、私の新しい能力に気づくきっかけになったのも事実です。
そして私には、もうひとつ、後悔していることがあります。
それは、私が大学生だったときの話です。
その日は2時限目からの講義でした。いつもより少し遅く家を出て、通勤ラッシュも一段落した時間帯のホームの一番後ろで、電車を待っていました。
目にゴミが入って、メガネを外しました。目をこすりながら、ふっと向かいのホームに目をやったときです。
何人もの人が、はっきりと、見えたんです。
「え! 嘘やろ! こんなに!?」
何度もメガネをかけたり外したりして、確認しました。
先頭車両の近くにいる、特定の数十人が、メガネを外してもはっきり見えるままでした。
高校生のときの担任の先生のことが、頭をよぎりました。この事を何とか伝えるべきだ、とも思いました。
でも、「僕には霊感があって・・・」なんて、そんな突拍子もない話、一体誰が信じてくれるでしょうか。
結局、私は何もできないまま、いつもの電車に乗り、大学へと向かいました。
その日、電車が脱線事故を起こしたことを、ニュースで知ったのは午後のことでした。
向かい側のホームで待っていた、多くの人が亡くなっていました。
霊感があることが、人生に必ずしもプラスに働くとは限りません。
あの時、何もできなかったことへの後悔は、今でも、私の人生に、暗い影を落とし続けています。


