中居さんはチップを丁重に断った後、話を変えるように夕飯の時間とお風呂の場所を、丁寧に説明してくれました。
夕飯もこれまた豪華で、部屋の中央に並べられたお膳の上には、香川の海の幸、山の幸が所狭しと並べられ、その後はこれまた最高に味のある温泉と露天風呂で、疲れた体が芯まで癒され、部屋に戻れば絶妙のタイミングで、天空の雲のようなフカフカの布団が敷かれていました。
「それにしても、変だなぁ。受付のお姉さんは1部屋だけしか空いていないと言っていたのに、廊下でも風呂場でも、一人もお客らしい人に会わなかったぞ。時間が遅いからか?」
なんとなく違和感を感じながらも、私は翌日の秘湯探検に備えて、すぐに眠りにつきました。
翌日、鳥のさえずりと眩しい朝日と、何よりも異様な寒さで目覚めた私は、思わず自分の目を疑いました。
私が寝ていたのは、ほとんど基礎のコンクリートと柱だけになった、完全な廃墟の中だったのです。
その後、落ち葉の布団から這い出した私は、そこら中に散乱していた自分の荷物を慌てて拾い集め、転がるようにして山を降りました。
やっとの思いで町の手前まで戻った時、通りかかった地元の人に話を聞いたところ、その場所は10年ほど前までは人気の旅館として営業していたのですが、火災で全焼し、それ以来、廃墟になっているということでした。
その時から私は、狸が人間を化かすといった伝説は、案外本当にあるのかもしれないなと思うようになったのです。