石川県 陣内真由子さん(30代・自由業)が未だに悔やんでいる体験談
ずいぶん昔の出来事だというのに、今も折に触れて思い出してしまいます。
私には、二十歳になる頃まで、いわゆる霊感というものがありました。
物心ついた頃から、ずっと備わっていた力です。他の子には見えないものが、私にはただ当たり前に見えていました。それが特別なことだと気づいたのも、かなり後になってからだったと思います。両親と、ごく一部の仲のいい友達にだけ、そのことを打ち明けていました。
両親は、私が高校生になる頃まで、私がいわゆる霊媒師とか、そういう方面に進むものだと思っていたようです。実際、そう言われても仕方がないくらい、その力は物心ついた時からずっと、当たり前のように私のそばにありました。誰かに教わったわけでもないのに、視えるものと視えないものの区別が、いつも自然についていたんです。それは、良し悪しを判断できるということでもありました。
ところが、大学に進学したあたりから、理由はわかりませんが、その能力が少しずつ失われていくのを、自分でも感じるようになったんです。今まで当たり前に視えていたものが、ある日を境に霞んで見えたり、そもそも視界に入ってこなかったり。そんなことが、少しずつ増えていきました。
複雑な気分ではありました。せっかく持って生まれたものが、静かに手のひらからこぼれ落ちていくような感覚もありました。それでも、正直に言えば、嬉しさの方が強かったと思います。「視える」というだけで、嫌な思いをたくさんしてきました。見たくもないものを見てしまうことも、それを誰にも打ち明けられないことも、子供の頃の私にとっては、決して楽なことではありませんでした。そのうえ、そういう方面できちんと修行をしたわけでもなかったので、いわゆる「除霊」のようなことは、私にはできませんでした。見えるのに、何もできない。ただそれだけの力です。それがようやく消えていくというのは、普通の生活を取り戻せるという意味でもありました。
そんな私が、今でも後悔していることがあります。
それは、中学2年生の2学期が始まった日のことでした。
夏休み明け特有の、少しだけ落ち着かない教室の空気を覚えています。窓から差し込む夕方の光の中、久しぶりに会う友達との会話を楽しみながら、帰り支度をしていた時のことです。ふと目をやると、クラスの男子たちが教室の隅に集まって、やけに神妙な顔で何か話し込んでいました。
聞き耳を立てたわけではありません。ただ、自然と耳に入ってきた内容から、夏休みの間に放送されていたテレビの心霊番組の真偽について話しているらしいことが分かりました。いつもは騒がしい男子たちが、あんなふうに輪になって声を潜めているのは、珍しいことでした。
その頃、テレビでは心霊番組がちょっとしたブームで、自称霊能者や心霊研究家といった肩書きの人たちが、次々にもてはやされていた時期でした。クラスでも、休み時間になるとその話題で持ちきりだったのを覚えています。
もちろん私には、その人たちが本物かどうかも、番組の内容が本物かどうかも、見た瞬間に判断がつきました。でも、両親からは「私の力について、絶対に誰にも口外してはいけない」ときつく言われていましたから、そういうことについて、誰かに話すことは一度もありませんでした。ずっと、そうやって黙ってきたんです。
「あ、あのテレビに出てた人ね、ニセモノだよ」
喉まで出かかった言葉を、グッと飲み込みます。一言でも口にすれば、きっと質問攻めにされる。両親との約束を破ることになる。そう分かっていたので、結局、私はいつも通り、友達と一緒に教室を後にしました。
教室を出た、ちょうどその瞬間でした。
背後で、ドサッという鈍い音がしました。
一拍置いて、男子たちが一斉に騒然となります。
振り返ると、さっきまで教室の隅で話していた男子の一人、I君が、口から泡を吹いて倒れていました。
白目を剥いて痙攣するI君に向かって、友人のK君が、何かをパラパラと振りかけています。周りの男子たちは、遠巻きにそれを見守るばかりで、誰も動けずにいました。
どうやらK君は、テレビで見た「除霊方法」をそのまま信じ込んで、もしもの時のためにと、小さなチャック付きのビニール袋に粗塩を入れて持ち歩いていたようでした。
K君はI君に塩を撒きながら、うろ覚えの呪文らしきものを口にしています。震える手で、必死な形相でした。声は上ずっていましたが、それでも一心不乱に、何度も何度も繰り返します。
そうしているうちに、I君の意識が、ゆっくりと戻ってきました。
「Kすげぇ! お前、才能アリアリじゃね!?」
周りの男子たちに囃し立てられ、まんざらでもない表情を浮かべるK君。さっきまでの震える手が嘘のように、今は誇らしげに胸を張っています。私はそれを、少し離れた場所から見ていました。
「ニセモノめ」
うんざりした気持ちで、心の中だけでそう呟いたのを覚えています。所詮は、テレビで見かじりした付け焼き刃です。本物なんかじゃない。そう思っていました。
でも、本当の意味で恐ろしかったのは、その場で起きたことよりも、そのあとに起きたことでした。
後になって聞いた話では、K君たち男子数人は、夏休みの最後にいわゆる心霊スポットへ行ったのだそうです。その翌日から、I君の体調が急に悪くなり、K君たちに相談していたということでした。あの日教室の隅で、彼らが神妙な顔をして話し込んでいたのは、きっとそのことだったのでしょう。
そして、その数日後のことです。今度はK君のご家族に不幸があったということで、彼は3日間、学校を休みました。教室に戻ってきた時のK君の顔を、今でもよく覚えています。あの日の得意げな表情は、もうどこにもありませんでした。誰も、そのことについては何も聞きませんでした。聞いてはいけない気がしたんだと思います。
私には、分かっていました。
あの時K君がやったのは「除霊」なんかじゃありません。I君に取り憑いていたものを、そのまま自分の背中に引き受けて、家に持ち帰っただけだったんです。塩をどれだけ撒いても、うろ覚えの呪文をどれだけ唱えても、視えないものは、視えないままです。K君にできたのは、ただそこにあったものを、自分の方へ引き寄せることだけだったんだと思います。
もともと同居していたご家族が病気で体が弱っていたところに、あんなものを連れて帰ってしまった。それが、死期を早める原因になったのだろうと、私は今も思っています。
私には除霊なんてできません。だから、あの時もどうすることもできませんでした。それでも、もし私が「その霊は、I君からK君に移っただけだよ」と、ひとこと伝えることさえできていたら。
そうすれば、何かが変わっていたかもしれない。K君は、あんな形で家族を失わずに済んだかもしれない。
両親の言いつけを守って、ずっと黙っていたことは、間違いではなかったと思います。それでも、あの時だけは。あの一言だけは、言うべきだったんじゃないか。
霊感なんて、あってもいいことばかりではありません。それでも、あの一瞬だけは、その力をきちんと使うべきだったのではないか。今の私には、もうその力はありません。だからこそ余計に、そう思ってしまうのかもしれません。
そう思うと、今でも、あの日の教室の空気が、胸の奥から離れないのです。


