千葉県 坂上修司さん(10代・大学生)の恐怖体験談
昼休みのたびに、あの子は現れました。
何が好きかと聞いてきて、僕がそっけなく答えるたびに――
何かを壊していくんです。
大学が夏休みに入ってすぐ、僕は警備のアルバイトを始めました。
2日ほどの簡単な研修を受けて、その翌日から早速、県内のアパート建設現場に立つことになりました。
警備といっても、建設中のアパートの前に立って、通行人に口先だけの注意を促す、簡単な仕事です。
朝8時から、1時間の休憩を挟んで夕方5時まで。
直行直帰で交通費も出て、日当1万2千円。 人とのコミュニケーションがあまり得意じゃない僕にとっては、ありがたいバイトでした。
初日の昼休み、近くのコンビニで弁当と飲み物を買って、現場の斜め向かいにある公園で食べることにしました。
真ん中に大きな木が1本立っているだけの、遊具もない公園です。
手洗いと水飲み用の水道と、ベンチが一つ。
寂しい公園でした。
ベンチに座って弁当を食べていると、反対側の花壇の縁に、小学2、3年生くらいの女の子が、一人で座っているのが見えました。
おかっぱ頭に、白い襟付きの長袖シャツ。 赤い肩ベルト付きのスカート。
アニメに出てきそうな、そんな服装が印象的でした。
「あれ? 平日のこんな時間に、学校は休みなのか?」
小学校の夏休みには、まだ少し早いはずです。
ぼんやりそんなことを考えていると、その子と一瞬、目が合いました。
人と話すのが苦手な僕は、子供はもっと苦手で。 すぐに目をそらしましたが、視界の端で、その子がなんとなく、こっちを見ているような気がしていました。
気づかないふりをしながら弁当を食べ終えて、残り30分の昼休みをスマホでもいじって過ごそうかと思っていた、そのとき。
真後ろから、声がしました。
「ねぇ、お花好き?」
飛び上がりそうになるくらい、驚きました。
いつの間にか、すぐ後ろに立っていたんです。
心臓と食べたものが、口から飛び出しそうになるのを堪えて、平静を装いながら答えました。
「う、うーん。そんなに好きじゃないかな」
これ以上関わってこないだろうと思って、そう言ったんです。
すると、女の子は少し怒ったような声と表情で、
「……ああ、そう!」
持っていた花を、両手でぐちゃぐちゃに握り潰して、投げ捨てました。
そのまま、公園から走り去っていきました。
花壇の花を摘んで、無造作に丸めて捨てるなんて――
いくら子供とはいえ、理解できませんでした。
僕は走り去る後ろ姿を目で追いながら、自分の子供嫌いを、改めて実感していました。
翌日も、同じ現場でした。
昼休み、昨日と同じコンビニで昼食を買って公園へ行くと、あの子が、また花壇のところに座っていました。
「イヤだな。場所変えようかな」
そう思ったものの、他に昼食を取れる場所もなく、職人さんたちがたむろしている現場に戻るのも気が引けて。
仕方なく、昨日と同じベンチに座って、弁当を食べ始めました。
昨日のあの反応から考えて、今日はもうちょっかいを出してこないだろう。
そう、高を括っていたんです。
花壇のほうから極力目をそらして、食べ終えた弁当の蓋を閉め、ペットボトルのキャップに手をかけたとき――
耳元で、声がしました。
「ねぇ、セミ好き?」
驚きを抑えて、ゆっくり振り向きました。
女の子は、指先でジジッ、ジジッと暴れるセミをつまんでいて。
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、僕の鼻先にグイッと近づけてきました。
「う、うーん。そんなに好きじゃないかな」
また、怒ったような声と表情で、
「……ああ、そう!!」
そう言うと――
セミの頭を、両手でねじ切りました。
地面に、投げ捨てました。
「うわっ!!」
さすがに驚いてベンチから立ち上がると、女の子は踵を返して、走り去っていきました。
無残に引きちぎられながらも、まだ動いているセミと、走り去る後ろ姿。
その両方を交互に見ながら、僕はただ、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
家に帰ってからも、あの女の子のことばかり考えていました。
なぜ、あんな残酷なことができるのか。
命を粗末にしてはいけないと、叱るべきだったんだろうか。
親は、どんな教育をしているんだろう。
もしかして、何か精神的な問題を抱えているんだろうか。
だから学校にも行かず、あの辺りをうろついているんだろうか。
いくら考えても、あの不愉快さを消化できるような答えは、出てきません。
そんなことより、明日もまた、同じ現場での仕事があります。
いつの間にか僕の頭の中は、どうすればあの子に会わずに昼食を取れるか、そればかりになっていました。
翌日、運命の昼休みがやってきました。
前の晩、現場の近くをネットで調べて、道を一本入った先に、別の公園があることを見つけておいたんです。
いつものコンビニで昼食を買って、迷わずそちらへ向かいました。
公園には、砂場で遊ぶ小さな子供と、それを見守る母親の姿だけ。
他には、誰もいません。
僕はホッとしながらベンチに座り、昼食を取って、スマホをいじりながら時間を潰しました。
「そろそろ時間かな」
立ち上がろうとした、その時です。
耳元で、聞き覚えのある声がしました。
「ねぇ、ネコ好き?」
体がこわばりました。
ゆっくり振り向いた右肩越しに、やっぱり、あの子がいました。
手には、ミャーミャーと弱々しく鳴く、生まれて間もない子猫。
僕の頭に、昨日の光景がよみがえりました。
何の躊躇もなく、生きたままのセミを引きちぎった、あの不気味な笑み。
もしここで「そんなに好きじゃない」と答えたら――
この子は、子猫の首を捻り殺すかもしれない。
かといって「好きだ」と答えても、何をしでかすかわかりません。
あれこれ考えているうちに、急に、馬鹿らしくなってきました。
むしろ、腹立たしくなってきました。
「なんでこんなクソガキのために、こんな嫌な思いをしなきゃいけないんだ」
振り向きざまに、人生で一番とも思えるくらいの大声で、叫びました。
「ふざけんな!! もう俺に……!?」
そこには、誰もいませんでした。
我に返って周りを見渡すと、砂場で遊んでいた母子が、逃げるように公園から出ていくのが見えました。
その後、仕事の場所も変わり、あの公園に行くことはなくなりました。
あの時の記憶がトラウマになって、小学生くらいの女の子は、前にも増して苦手になりました。
小さめの公園にも、もう立ち入らないようにしています。


