愛知県 山田由美さん(20代・会社員)の恐怖体験談
新卒で入社し、会社の社宅に住み始めたころの話です。
古いマンションでしたが、女性社員専用で管理人さんも常駐していて、実家を出て初めての一人暮らしだった私には、ちょうどいい環境でした。部屋は1階。上の階より家賃が安くて、生活も便利。文句を言う理由なんて、ひとつも見当たりませんでした。
ただ、ひとつだけ。
毎晩、決まった時間になると、隣の部屋の壁から音がするんです。
ドンドンドンッ。
必ず3回。まるで誰かが壁を叩いているような、鈍くて重い音でした。
社宅ですから、隣人も同じ会社の人間です。下手に文句を言ってこじれたら、仕事にまで響きかねません。だから私は、その音をずっと聞かなかったふりで過ごしていました。
同じ社宅にいたK先輩は、仕事もできて後輩の面倒見もよく、社宅の「寮長」を任されている人でした。本人は「寮長になると結婚できない」という謎のジンクスを信じ込んでいて、その役目をずいぶん嫌がっていましたが、社宅のことなら何でも知っている、私にとっては本当に頼りになる存在でした。
入社してちょうど1年が経ったころ、飲み会の帰りに、先輩の部屋で二人だけの二次会をすることになりました。
お酒も進んで、いい具合に気がゆるんできたころです。私はふと、あの壁の音のことを話してみました。何の気なしに、世間話のつもりで。
「ん? 山田んちの隣?」
先輩は首をかしげました。
「……あそこ、ここ何年か空き部屋のはずだけど」
「えーっ、そんなことないですって! 夜中に、お風呂場の方から聞こえてくるんです。ってことは、お隣の部屋からですよね? 夜中の2時45分に、必ず3回。ドンドンドンッ、って」
「お風呂場の方って……納戸の向こう側ってこと?」
「納戸? 納戸って何ですか」
「バカねアンタ、納戸も知らないの。ほら、そこよ。私はクローゼットにしてるけど」
先輩が指さした先には、引き戸がありました。
私の部屋には、ない引き戸です。
おかしいな、と思いました。社宅の間取りは全部同じはずなのに、私の部屋には、そんな収納スペースそのものがないんです。
「やだ先輩、私だって納戸くらい知ってますよ。でも、ウチにはそんなの付いてないですって」
「そんなはずないでしょ。この社宅、全部同じ間取りだもん。まさかこの1年、一度も開けてないんじゃないでしょうね」
いくら説明しても、先輩には信じてもらえませんでした。しかたなく、二人で私の部屋まで行って、直接確かめてもらうことにしたんです。
部屋に入って、引き戸があるはずの壁を、二人でじっと見つめました。
よく見ると、壁のその部分だけ、ほんの少し段差がありました。引き戸を外した跡に板を打ちつけ、その上から壁紙を貼って塞いだような、そんな痕跡です。
先輩が、急に真顔になって言いました。
「もしかして、その壁を叩く音って……この中から聞こえてきてんじゃないの」
その一言で、怖くて涙が出そうになりました。するとそれを見た先輩が、
「ごめん、悪かった。よし、私、今日ここに泊まってあげるね」
そう言って、自分の部屋から布団一式を運んできてくれました。
布団に入って、うとうとしかけたころでした。
ドンドンドンッ。
二人同時に、飛び起きました。
時計を見ると、やっぱり2時45分。いつもの時間です。
こうなったら、社宅のルールも何もありません。
私たちは、壁紙と板を思い切って剥がしてみることにしました。
すると、天井まで続く、畳一畳ほどの空間が現れたんです。
カビ臭さと、鼻を刺すようなにおいが、部屋の中に流れ込んできました。
真っ暗な奥に向けて、携帯のライトを向けます。
そこに見えたのは、全面にびっしりと貼られた、無数のお札でした。
その夜はもう、二人で先輩の部屋に転がり込んで、朝まで一睡もできませんでした。
翌日、私はすぐに人事部に事情を話して、部屋を移らせてもらいました。
後になって、管理人さんからこんな話を聞きました。
その土地は、昔は武家屋敷だったそうです。そして、お札だらけのあの空間のちょうど真下には、井戸があった。そこに身を投げて亡くなった女中さんがいた、と。
もしかしたら、あの壁を叩く音は、その人が助けを求めていた音だったのかもしれません。
真相は、今でもわかりません。


