猫屋敷

※この怪談には一部刺激的な表現が使用されています。閲覧の際はご注意ください。

埼玉県 会社員 小野 昭仁(31)(仮名)

結婚して3年ほど経った頃、中古の一軒家を買った。

「不動産に掘り出し物無し」と聞いた事があるが、この物件は破格だ。

そのため、いわゆる事故物件なのではないかと疑い、ネットで調べたのだが、そういった情報はない。

それどころか、フル・リフォーム済みの家は木の香りがして、最新の設備も整い、とても快適だった。

ところが、1ヶ月もすると、何か変な臭いがするようになった。

だが、どこを探しても、発生源がわからない。

ちょうどその頃、近所のおばさん連中が、何やらヒソヒソと話していたので、通りがかりに挨拶をすると、明らかによそよそしく、そそくさと帰って行くのが少し気になったが、まぁ、そのくらいの近所付き合いが面倒がなく、ちょうど良いと考え直した。

ある日、いつもの様に会社で仕事をしていた時、家内からLINEの着信があった。

内容を見て、少し驚いた。

あれほど動物嫌いだった彼女が、猫を飼いたいと言うのだ。

送られてきたLINEには、見るからに生まれたての、愛くるしい茶色い子猫の写真があった。

聞けば、家の軒下でうずくまって鳴いていたとの事。

私たち夫婦には子供もいないし、猫1匹くらいなら飼えるだろう。

そうたかを括って、彼女の提案に同意した。

仕事が終わり家に帰ると、家内に抱えられ、4匹の子猫が私を出迎えた。

「1匹じゃなかったの?」

いくら私が呑気な性格とは言え、さすがにこれには閉口したが、家の中を清潔に保ち、貰い手が見つかるまでの期間限定という約束で、4匹とも飼うことを承諾した。

翌週、家内がまたLINEで、今度は白い猫の兄弟が軒下にいたというので、それを飼いたいと言い始めた。

そうして先週は2匹、今週は3匹と、見る見る数が増え、さほど広くもない家の中には、いつしか十数匹の猫がひしめき合うように暮らし始めた。

猫を飼い始めて知ったのだが、ヤツらは基本的に夜行性らしい。

夜な夜な、部屋のあちこちでバタバタとじゃれ合う音で、寝不足が続いた。

その日の夜中も、あっちでバタバタ、こっちでバタバタする音で目が覚めた私は、隣で寝ているはずの家内の姿がない事に気付いた。

トイレか、水でも飲みに行ったのだろうと思っていたが、いつまで経っても戻ってくる気配がない。

「俺も水でも飲んで、仕切り直すか」

そう思ってキッチンに行くと、リビングに敷かれたカーペットの上で、四つん這いになり、懸命に爪を研いでいる家内の姿に目を疑った。

「どうしたの?! 何やってんの?!」

慌ててリビングの電気を点け、その行為を制止するために、後ろから家内の両脇を抱え、カーペットから引き剥がすと、

「喉が渇いた! お腹が減った! 痛い! 熱い! やめて! ここから出して!」

と言う、無数の叫び声にも似た、人間の言葉とは異なる断末魔の叫喚(きょうかん)が、部屋中に響き渡った。

いや、家内がそう叫んだのか、それとも私の頭の中だけに湧き上がってきた咆哮(ほうこう)だったのか。

この状況にあっては、そんなことはどうでも良い。

家内は一旦、ハッと我に帰った様子だったが、すぐにその場に崩れ落ちるように意識を失った。

腕の中で気を失っている彼女の手元を見ると、指の爪はほとんど剥がれ、白いカーペットは血で真っ赤に染まっていた。

「この家は普通じゃない!」

そう思った私は、翌日家内を病院に連れて行ったその足で、家を販売した不動産屋に直接出向き、担当者を問い詰めた。

すると案の定、その物件に住んでいた家主は以前、猫を何十匹も飼っていて、ついには多頭飼育崩壊していたことを白状した。

その状況は凄惨で、家主は猫たちに満足に餌もやらず、猫同士の共食いなどは日常茶飯事だったそうだ。

その上、家主自身も猫たちを陰湿な方法で虐待し、殺し続け、それどころか猫たちを食べていた形跡まであったらしいのだ。

その家主はその後、精神病院に強制的に入院させられ、親族があの物件を売りに出したのだそうだ。

結局、人が死んでいないのだから事故物件ではないし、リフォームもしたのだから告知の義務はないというのが不動産屋の言い分だったが、そんな言い訳が通用するはずがない。

不動産屋に費用を負担させ、床下を掘ってみると、リフォームの際には発見されなかった、いや、見て見ぬフリをして埋め戻されたのであろう猫の死骸が、ものすごい異臭とともに何十体も出てきた。

「初めに感じた異臭の原因は、これだったのか」

後日聞いた話だと、頭と身体の数が合わず、中には踏み潰されたような亡骸もあったそうだ。

その後、近所のお寺に頼んで、不幸な猫たちをしっかり供養してもらった。

それから飼っていた猫は全て、里親を探してくれる専門業者に引き取ってもらった。

家内はしばらく入院していたが、今では何事もなかったかの様に、この家で暮らしている。

時々、手の甲で頬を撫でる仕草をするのが、少し気になるが・・・ もしそれを舐めるようになったら、一度お祓いに連れて行こうと思う。