群馬県 久本美鈴さん(20代・会社員)の不思議な体験談
幼い頃から一緒に暮らしていた祖母が、病気で入院することになったのは、私が高校2年生になった春のことでした。
うちは代々続く農家で、両親はいつも忙しく働いていました。そのぶん、母に代わって私を幼い頃から大切に育ててくれたのは、祖母でした。物心つく前から、祖母のそばにいるのが当たり前でした。ご飯を食べるのも、学校へ送り出してもらうのも、いつも祖母でした。
その祖母が、ある日突然入院することになりました。もう、先はあまり長くない。両親からそう聞かされたときのことは、今でも鮮明に覚えています。頭が真っ白になって、しばらく何も考えられなくなりました。
信じられませんでした。私にとって祖母は、いつまでも元気でいてくれる存在だと、心のどこかで思い込んでいたのだと思います。その日の夜、布団の中でどれだけ泣いたか分かりません。
それ以来、休日と部活のない日は、できるだけ祖母のお見舞いに行く生活が始まりました。
お見舞いに行くと、祖母はいつも元気そうな様子でした。本当にそんな大きな病気を患っているのだろうかと、疑いたくなるくらいです。
今考えれば、私がいるあいだだけは、無理をして元気に振る舞ってくれていたのかもしれません。
学校から病院までは、自宅から学校までとほぼ同じ距離で、自転車で30分ほどかかります。
ただ、病院は自宅とは反対方向にありました。お見舞いに行った日は、帰が遅くなってしまうので、祖母はいつもそのことを気にかけて、心配してくれていました。それだけ、私のことを大事に思ってくれていたのだと思います。
季節が移り変わり、祖母が入院してから、2ヶ月ほど経ったある日のことです。
その日は部活があって、祖母のお見舞いには行けませんでした。
学校を出て右に進めば自宅、左に進めば病院です。私は自宅に向かって、自転車を漕ぎ出しました。
自宅までの道は、畑に挟まれた一本道が、しばらく続きます。その正面には、二つの山が重なって見える稜線があって、夕方になると、オレンジ色に染まった空と、深緑の山とのコントラストが、とても綺麗に見えるのです。この景色を見るたびに、なんとなく心が落ち着くような気がして、私はずっと、この道が好きでした。
夕暮れの風を切りながら、私は自然と、祖母のことを考えていました。
「おばあちゃん、どうしてるかな・・・」
帰り道、ペダルを漕ぎながら、大好きなその景色に、祖母の顔が重なりました。綺麗であればあるほど、なぜか胸が締め付けられて、気付けば涙が溢れてきます。自転車を漕ぐ足に、力が入らなくなっていくのが分かりました。
涙で滲んだ視界のまま、道を進みました。
いつもの右カーブに差し掛かったところで――
自転車のライトに照らされて、真っ直ぐに山へと向かって伸びる、見たこともない道があることに気付きました。何年もこの道を通っているのに、こんな分かれ道があったことなど、一度も気付いたことがありません。
「あれ? こんな所にこんな道、あったかな?」
不思議に思いました。でも、不思議に思うのと同時に、私はその道の方へ、どうしても進まなければいけないような、そんな気がしてならなかったのです。理由なんて、自分でもうまく説明できませんでした。
見たこともないその道は、見たこともない山に向かって、鬱蒼とした木々の間を貫くように、真っ直ぐに、どこまでも伸びていました。
気付けば、私はハンドルを切って、その道に入っていました。迷いは、不思議となかったのです。むしろ、そうするのが当然であるかのような、不思議な確信さえありました。
木々の間を、ただひたすらに進みます。左右から伸びる木の枝が、頭上を覆うように重なっていました。あたりは、いつもの道とは思えないほど静かで、聞こえるのは、自分の自転車のタイヤの音と、自分の息づかいだけでした。
たぶん、体感的には5分ほど走ったころだったでしょうか。
あれほど生い茂っていたはずの木々の中から、まるで吐き出されるように、ポンッと視界が開けました。
急に開けた明るさに、思わず目を細めました。
そこは、祖母が入院している病院の駐車場でした。さっきまで正面にあったはずの山があった場所には、いつも見慣れた病院の建物が、静かに建っていたのです。
不思議な気持ちになりながらも、それを深く考えている余裕はありませんでした。なんとなく、今すぐ祖母に会わなければいけないような気がしました。
自転車を止めて、病室へと急ぎます。息を切らせながら、病棟の廊下を走りました。
すると――何人かの親戚が、深刻な面持ちで、祖母の病室の前に立っていました。誰一人として、口を開きません。
「あーっ! 美鈴ちゃん! 間に合った! よかった!」
「早く! 早く!!」
その言葉に、心臓が跳ねました。促されるまま、病室に飛び込みました。
病室の空気が、それまで感じたことのないほど、重く張り詰めているのが分かりました。
両親と姉が、泣き腫らした顔で、祖母のベッドを囲んでいます。
「おばあちゃん! 美鈴も来たよ!」
私は祖母のもとに駆け寄り、その手に縋りつくようにして、声をかけました。祖母の手は、思っていたよりもずっと小さく、そして温かいままでした。
それから間もなくして――祖母は、静かに息を引き取りました。まるで、私が来るのを待っていてくれたかのようでした。
後になって、そのときの話を聞きました。
祖母の容体が急変したと、病院から連絡があったそうです。すぐに病院へ向かうよう、私の学校にも連絡が入りました。けれど、そのときにはもう、私は学校を出たあとでした。
当時、携帯電話は持っていましたが、学校に持ってくることは禁止されていました。だから、あのとき、私に連絡を取る手段は、どこにもなかったのです。
もし、あのとき、あの真っ直ぐな道がなかったら。
私はきっと、祖母を看取ることができなかったはずです。普段どおりの道を走っていたら、間違いなく間に合っていなかったと思います。
それにしても、一体私は、どこをどう通って、あの病院に辿り着いたのでしょうか。何度、記憶をたどり直しても、あの木々の間を貫く道のことしか、思い出せないのです。
今でも、不思議で仕方ありません。あの日から何年も経った今も、あの道のことを考えると、不思議な気持ちに包まれます。あの夕暮れの色や、木々の匂いまで、なぜか鮮明に思い出せるのです。
その後、あの場所を何度通っても、あの真っ直ぐな道が現れることは、二度とありませんでした。畑と、いつもの二つの山の稜線があるだけの、見慣れた景色が広がっているだけです。夕方、あの右カーブに差し掛かるたびに、ふと目を凝らしてしまう自分がいます。
あの日の話は、法事で親戚が集まるたびに、今でも語り継がれています。あの日のことを話すたび、みんな決まって、少し不思議そうな、それでいてどこか温かい顔をするのです。
まるで、祖母が最後に、私にだけ見せてくれた道だったのかもしれません。


