神奈川県 加藤王司さん(20代・アルバイト)の恐怖体験談
昨年の秋、道端で見た「遊び」の話です。 最初はただ、微笑ましいだけでした。 でも、あの子が誰かの影を踏むたびに、何かがおかしくなっていくことに、俺はしばらく気づきませんでした。
その頃、俺は交通警備のアルバイトをしていました。工事中の道路で赤い棒ライトを振って、歩行者を誘導する仕事です。天候に左右されるものの、休憩も多くて楽な仕事だったので、週6で入っていました。
その日は朝から夕方までのシフトでした。連日の雨も上がって、気持ちの良い青空が広がっていました。
昼前、休憩の順番が回ってきたので、現場から道路を挟んで反対側の公園のベンチに座り、早めの昼食を取っていました。
何気なく現場のほうを見ていると、少し先の歩道で、子供がピョンピョンと飛び跳ねて遊んでいるのが見えました。
よく見ると、通る人たちの影を踏んで遊んでいます。
「影踏みか・・・ 昔、友達と遊んだな・・・」
時に片足で、時に両足で。歩く人の影から自分の足がはみ出さないように、チョコチョコと影の中を渡り歩いていたかと思うと、すれ違う人の影の上にピョンっと飛び移ったり、両足でドスドス踏みつけてみたり。
初めは、その光景を微笑ましく眺めていました。でも、しばらく見ているうちに、俺は少しずつ、違和感を覚え始めました。
昼前だったので、影はそれほど長くありません。
遠慮なく人の近くでピョンピョン、ドスドス遊んでいる男の子。踏まれた人たちが、そのうち嫌な顔のひとつもするんじゃないかと心配していました。でも、通り過ぎる人たちは、まるで気にする様子もありません。早足で通り過ぎていくばかりです。
まるで、男の子が見えていないかのようでした。
それに、天気が良いとはいえ、季節はもう秋も深まり、冬の一歩手前です。薄手のシャツに黒っぽい半ズボン、ビーチサンダルのような履物。その子の、季節感のまるでない服装にも、言い知れない引っかかりを感じていました。
5分か、10分か。ぼんやりとその光景を眺めていたときです。
初老の男性が、男の子の前を通り過ぎていきました。
男の子は、その男性の影に、両足でピョンッ!と飛び乗りました。
その瞬間――
男性の影は、踏まれたその場所に、まるで地面に貼られたシールのように留まりました。
男性は、自分の影を引きちぎるようにして、そのまま歩いていったのです。
「えーっ!! マジか!!」
目を凝らして、何事もなかったかのように歩き去っていく、影のない男性。そして、男の子の足元に張り付いたままの男性の影。何度も、何度も交互に確認しました。見間違いではありません。
影を踏んで奪った男の子は、満足げにニヤニヤと笑いながら、歩き去る男性の背中を見つめています。
すると、次の瞬間。
工事現場をちょうど過ぎたあたりで、その男性は急に立ち止まりました。胸に手を当て、苦しみ出したかと思うと、そのままその場にうずくまり、倒れ込んだのです。
俺は慌てて工事現場に戻って救急車を呼びました。口から泡を吹き、意識のない男性が、救急隊員に運ばれていくのを見守りました。
ふと我に返った俺は、すぐに男の子を探しました。でも、いくら周りを見回しても、男の子の姿はありません。置き去りにされた男性の影と一緒に、消えていました。
それから2週間ほど経った頃です。
ずっと続いていたその現場も、その日が最終日でした。
この2週間で季節が一気に進んでいました。厚い上着を着ていても、寒さが隙間から入り込んでくるような、そんな寒い日です。
休憩時間、缶コーヒーで両手を温めながら、現場の向かいの公園のベンチで昼食を取っていました。
すると、またあの男の子が目に入りました。
前に見たときと同じ、季節感のない服装。同じように、影踏みをして遊んでいます。
そのときです。
俺は、あの子がこの世のものではないという、確証を得てしまいました。
「あれ? あの子、影が・・・ 無い!」
そう思った、次の瞬間でした。
年配の女性が、自転車で歩道を走ってきました。
それを見た俺は、とても嫌な予感がしました。
案の定です。
男の子は、歩いていく人たちの影を軽々と飛び渡りながら、狙いすましたように、自転車に乗った女性の影の上に飛び乗りました。
女性の影は、自転車の影ごと、男の子の足元にぴたりと張り付きました。
その瞬間、影を踏み取られた女性は、バランスを崩しました。
自転車ごと、車道側に投げ出されます。
そこへ、後ろから来たトラックが――
車体を前後に大きく揺らしながら急停車する音。後続車の、耳をつんざく急ブレーキ。
周りの人たちの悲鳴と怒号。
あの時の光景は、俺のトラウマになりました。今でも時々、夢に出てきます。
あの男の子はと言うと――
トラックが走り抜けたその場所から、踏み取った女性の影もろとも、消えていました。
今考えると、あの男の子は・・・ もしかして、死神だったんじゃないでしょうか。


