ブツブツ・・・・

某県 監察医 藤原順子(36)(仮名)

監察医の仕事は、各自治体の知事によって任命され、行政解剖を行うことです。

「行政解剖」と言うのは、死因がはっきりしないものの、犯罪性のないご遺体の死因を解明する事を目的に行われます。

皆さんがよく耳にする「司法解剖」と言うのは、犯罪の可能性がある場合にのみ、死因を解明するために行う解剖ですので、「行政解剖」とは少し違います。

ちなみに前者は「監察医」が、後者は裁判所の委託を受けた「大学の法医学教室」が担当します。

監察医の主な仕事は、病院以外、例えばご自宅で亡くなった場合など、警察からの報告を受け、検視官による検視が行われ、その後、監察医による検案が行われます。

そこで死体検案調書、死体検案書が作成され、死因が分かればご遺体は遺族の元へ、特定できない場合は行政解剖、という流れになります。

ある日のこと、1件の行政解剖の依頼がありました。

運ばれてきたご遺体の調書を確認したところ、20代前半の小柄な女性でした。

調書によると、女性が亡くなっていた6畳の洋室にはベッドの脇に鏡台があり、彼女はその鏡台の上に頭を右向きに乗せた状態で、正座をしたまま亡くなっていたそうで、特に誰かが押し入ったり、争ったような形跡は見られないということでした。

また、その鏡台の右側、ちょうどその女性が顔を向けた視線の先には、遺書らしき手紙と、その上に彼女の指紋が付着した握りこぶし程の大きさの石が、きれいに置かれていたそうです。

さらに、浴槽にはこの女性のものと思われる長い髪が、カミソリと一緒に残っていた、とありました。

調書に目を通し、早速ご遺体を確認したところ、色白なその女性の頭部は髪が全てきれいに剃られ、何か所か浅い切創(切り傷)が見られました。

そして何より違和感を覚えたのは、スキンヘッドの頭皮全体に、直径5ミリほどの丸く小さな銀色のシール状のものが、整然と貼り付けられているように見えたことです。

私にはいわゆるトライポフォビア(ブツブツ恐怖症)的なところがあって、少しギョッとしたのですが、そこはプロとして、なんとか我慢しながら検案に臨みました。

まず始めに、頭のブツブツが何だろうと思い、採取するためにピンセットで恐る恐る触れてみると、それは全てシールなどではなく、よく見ると釘の頭だったのです。

頭皮に食い込むようにして刺さったその釘は、耳の上から頭頂部にかけて、スキンヘッドの頭に整然と並んでいました。

「これで事件性なし? これって司法解剖なんじゃないの?」

異様な光景に私はそう思いましたが、途中で投げ出す訳にも行きません。

すぐにレントゲンで確認したところ、5〜6センチほどの長さの釘が、何十本も突き刺さっていることが確認できました。

後に確認したところ、彼女の頭部には全部で81本もの釘が刺さっていて、その全てが脳にまで達していました。

更に調べを進めると、釘の下の皮膚には、全てに皮下出血が認められました。

これは「生活反応」と言って、81本目の釘が打ち込まれる瞬間までずっと、彼女は生きていた、という証拠になります。

ここからは警察の調書と照らし合わせて、私が考えた、推測を含むストーリーです。

彼女はまず、鏡台の上で遺書を書き、浴室へと向かいます。

次に、浴槽の中で、長かった髪を全てカミソリできれいに剃り落としました。

頭部の切創は、その時に付いたものと思われます。

きれいに髪を剃った後、部屋に戻り、鏡台の前に正座すると、彼女は恐ろしい儀式を始めます。

出血の状況や、頭蓋骨のヒビの入り方から推測すると、彼女は左手に釘を、右手に握りこぶし大の石を持ち、前額(ぜんがく:ひたい)中央に1本目の釘を打ち込みます。

その痛みは想像を絶するものだったはずです。

普通はその時点で気を失ってもおかしくないのですが、彼女の儀式はその後も続きます。

その後、最初の釘から2センチほど左に2本目、さらに2センチほど左に3本目と、自身の頭部にぐるりと1周、等間隔に釘を打ち込んでいきます。

彼女は激痛に耐えながら、いえ、そんな痛みに普通の人間が耐えられるはずがありません。

検査の結果では、麻薬や薬物等の使用は認められませんでしたので、彼女はその激痛を、むしろ楽しんでいたのかも知れません。

1周目が終わると、打ち込まれた釘が整然と並ぶ感触を手で確かめてから、少し上に、2周目の釘を打ち込んでいきます。

2周目の釘をぐるりと頭周に打ち込み終わると、また少し上に3周目の釘を打ち込んでいきます。

3周目が終わると4周目・・・5周目・・・

この恐ろしい儀式はついに6周目まで続き、鏡台の鏡を見ながら狙いを定め、ついに頭頂部めがけて最後の1本を打ち込んだところで、彼女は鏡台の上にうつ伏せになり、目の前の遺書の上に右手で握った石を置き、そっと息を引き取りました。

果たして、本当にそんな死に方が可能でしょうか。

さらに、私にはどうしても気になる点が、1つだけありました。

調書では遺書や石、剃った髪などのことは書いてありますが、「部屋の中に釘が落ちていた」とは、どこにも書かれていないのです。

彼女の頭に打ち込まれた釘は81本。

彼女は初めから、ピッタリ81本の釘を用意して、あの恐ろしい儀式に挑んだのでしょうか。

今となっては誰にも分かりません。

日本ではここ数年、減少傾向にある自殺者数ですが、それでも年間2万人以上の方が、その尊い命を自らの手で終わらせています。

そしてその多くは、報道もされず、誰かに知られることもなく、ただ過ぎ去っていくだけの、静かで虚しい死ばかりです。

その中には、今回のような、医学や常識では到底理解できない案件が、時々見受けられるのです。