東京都 会社員 Wさん(20代・男性)が体験した恐怖の実話怪談①
私は幽霊、心霊、死後の世界といった類のものは一切信じません。
ですから、これからお話しする私の体験談にも、絶対に何かしらの理由や物理的現象が作用していたのだと、今でも考えています。
この話は、去年の今頃のことです。
仕事終わりに先輩に誘われ、高田馬場で呑んで帰ることになりました。
その日は1日中、真夏の炎天下で外回りをしていた上に、先輩の奢りということもあり、さらに翌日は休日だったので、まるで砂漠に水を撒く勢いで、相当な量を呑んだと思います。
2時間ほど楽しく呑み食いした後、先輩にお礼と別れを告げ、さて一人で帰ろうかと考えた時です。
私のアパートまでは地下鉄で1駅だったのですが、酔った勢いなのか、それとも酔い覚ましのつもりだったのか、なんとなく歩いて家まで帰ろうという気分になったのです。
学生で賑わう駅のロータリーを背に坂を登って行くと、その先には大きな都立公園があります。
そこを抜けて行けば、私の住むアパートまで、酔っ払いの足でも30分ほどです。
今日の仕事で久しぶりに大きな契約を取れたことや、呑みの席での先輩との会話を思い出し、時々ニヤつきながら、フラフラと夜の蒸し暑さを楽しむように帰路につきました。
手入れの行き届いた花壇が続く、広い歩道が終わるとすぐに都立公園の入り口があり、車止めを抜けると急な上り坂になります。
そこは小高い山になっていて、春には花見客が多く訪れますが、この時期の夜ともなれば、人影もまばらです。
酔っ払いの足には少々キツい坂を、汗だくになりながら登って行くと、坂道の上の暗闇の奥から、大勢の人の規則正しい足音が聞こえて来ました。
ザッザッザッザッザッ・・・
しばらくすると、木々に囲まれた暗闇から伸びる細い道の奥から、両手を体側に添え、キチッと2列になって走って来る集団が降りて来ました。
よく見ると全員、カーキ色の帽子に白いシャツ、太ももが膨らんだデザインのカーキ色のズボンに、黒いブーツのようなものを履いています。
いわゆる昔の軍服のような出立です。
「え?この暑い夜に、なんの訓練だよ」
妙な違和感を感じつつ、集団をかわすために左に寄ったのですが、その集団が通り過ぎる瞬間、私は何故だか「この列に付いて行かなくては!」と感じ、列の最後尾に付いて一緒に走り始めたのです!
「俺、何やってるんだ?」という思いと「遅れて隊列を崩してはいけない」という思いがないまぜになり、懸命に集団に付いて走るのですが、日頃の運動不足に今日の深酒が祟って、アップダウンの続く山道をぐるっと3周ほど回った時には、もうバテバテで、足がもつれて転んでしまいました。
すると、最後尾を走っていた教官らしき軍服の男が、般若のような恐ろしい形相でこちらに向かって歩いて来て、四つ足をついてゼイゼイ言いながら這いつくばる私の背中を、細い指揮棒のようなもので、無言のまま容赦なく叩きました。
ヒュッという空気を切る音に続いて鋭い痛みが何度も何度も背中に振り下ろされ、私はその度に悲鳴と呻き声を上げますが、その仕打ちは私が立ち上がって隊列に戻るまで繰り返されるのだと分かっていました。
なんとか立ち上がり、走り出そうとしますが、もう足が言うことを聞かず、私はドドーッと山の斜面に向かって仰向けにひっくり返り、そのまま意識を失いました。
一夜明け、鳥の囀りで目を覚ました私が仰視したのは、鬱蒼と生い茂った木々の隙間から射す木漏れ日でした。
「うわぁ・・・ドえらい夢を見てしまった・・・」
昨日の酒が残っているのか、あるいは熱中症に近い状態なのか、頭痛と吐き気と眩暈がしてフラフラです。
倒れていたすぐ隣に大きな岩があったので、それに掴まってなんとか立ち上がると、その岩には「陸軍T学校址(跡)」の文字が刻まれていました。
おぼつかない足取りでかろうじてアパートに辿り着いた時には、身体中に付いた落ち葉と泥と汗で、まるでゾンビのような状態です。
さすがにこのままではベッドに入れないと思い、脱衣所で服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びたその時、背中に電気が流れたような激痛が走り、たまらず悲鳴を上げました。
慌てて洗面所の三面鏡で背中を確認すると、一面に真っ赤なミミズ腫れが無数についています。
脱ぎ捨てたYシャツの背中を確認すると、無数の黒い線が走り、一部はそれに沿うように血が滲んでいました。
「やっぱり本当に棒で打たれたのか・・・?」
いやいや、あれは酒に酔って見た夢ですから、絶対にそんなことはないはずです。
おそらく、酔っていたせいで山道で足を滑らせて、あの場所でひっくり返った時に、地面に落ちていた枝葉や石で背中を擦りむいたのでしょう。
ただ、いくら運動不足でも、普段営業で毎日かなりの距離を歩いている私が、たった30分ほど歩いて帰っただけで、猛烈な筋肉痛になったことはどうも解せません。
やはり、山道をしばらく走ったのが原因だと考える方が、理に叶っていると思いました。
それに、そもそもあの場所が陸軍の士官学校の跡であったことを私は知りませんでしたから、夢の中で一緒に走った人たちの服装がまさにそれだったと言うのも不思議だなと思います。
それでも、私は絶対に、幽霊、心霊、死後の世界といった類のものは一切信じません。
※この怪談は、Wさんが体験した恐怖の実話怪談②「俯瞰-見下ろしたもの」に続きます。