東京都 渡辺翔さん(20代・会社員)の恐怖体験談②
ーーこのエピソードは<仰視-見上げたもの>からの続きですーー
あの夜、山道で打たれた背中の痛みは、朝になっても引くどころか、むしろ酷くなっているようでした。あれが本当に夢だったのなら、痛みだけでも十分すぎるくらいです。ただ、あの一件には、まだ続きがあったのです。
昨夜の、あの不可解な一件のおかげで、その日の朝アパートに帰り着いてからは、強烈な痛みに耐えながら、何とかシャワーを浴びました。石鹸を泡立てる余裕もなく、ただお湯を浴びるだけで精一杯だったのを覚えています。そのあとは、着替える気力すら残っておらず、そのまま泥のように眠りに落ちました。
とにかく、背中じゅうが猛烈に痛かったのです。ベッドにうつ伏せになったまま、寝返りを打つこともできず、痛みに耐えながら、ただひたすら眠り続けました。頭の片隅では、これは只事ではないと分かっていた気もしますが、疲労と眠気には勝てませんでした。息をするだけで、背中の皮膚がぴりぴりと突っ張るのが分かります。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでは、少しずつ角度を変えていくのが、うっすらと分かりました。それでも、身体を起こす気力は湧いてきません。
しばらくして、部屋の中に西陽が差し込み始めたころのことです。
眠りの底から、ぼんやりと意識が浮かび上がってきました。目が覚めた理由は、遠くから、聞き覚えのある音が、少しずつ近付いてきたからでした。
・・・ザッザッザッザッザッ・・・
それは間違いありません。昨日、H山で聞いた、あの隊列の足音です。
なぜ、この部屋の中でその音が聞こえるのか。寝ぼけた頭では、そこまで考える余裕はありませんでした。
ハッとして目を開けた瞬間――私は、自分が何を見ているのか、理解するのに、しばらく時間がかかりました。
少しずつ状況が飲み込めてくるにつれ、私は妙なことに気付きました。
視界の下の方に、見覚えのある背中があります。
ベッドの上で、うつ伏せになって寝ている私自身を、私は天井から見下ろしている状態だったのです。
私は、私自身を俯瞰していました。
ホコリを被った火災報知器と、虫の死骸が入り込んだシーリングライトが、顔のすぐ真横にありました。それだけで、間違いなく自分が天井に張り付いているのだと分かります。
身体には、重さも痛みも感じません。ただ、見下ろしているという感覚だけが、やけにはっきりしていました。
自分の寝姿を、こんな角度で見ることになるとは、想像したこともありませんでした。
天井から見下ろした先には、昨日の夜に一緒に走った、あの軍服姿の青年たちがいます。
カーキ色の帽子も、白いシャツも、あの黒いブーツも、見間違えようがありません。
彼らは私が寝ているベッドを、二重、三重に取り囲むようにして立ち、何やら話し合っているのです。上から見る限り、その数は昨夜の隊列よりも、ずっと多いように見えました。
くぐもった声に、じっと耳を澄ませました。何を言っているのかは、はっきりとは聞き取れません。
それでも、断片的に聞こえてくる言葉を繋ぎ合わせていくと――どうやら、誰が私の中に入るか、ということで揉めているようでした。
何人かが、互いに譲り合うような素振りを見せたかと思うと、また別の誰かが割って入る。そんなやり取りが、ベッドの周りで何度も繰り返されています。天井から見ているだけの私には、それを止める術がありませんでした。
もし、誰かが私の中に入ってしまったら。
今、天井から自分を見下ろしているこの私は、一体どうなってしまうのでしょうか。行き場を失って、このまま天井に張り付いたままになるのか。それとも、そのまま消えてしまうのか。誰に聞くこともできず、考えれば考えるほど、恐ろしくなりました。
そんなことを許してしまえば、私はもう、私ではなくなってしまう。なぜか、そんな気がしてなりませんでした。
理屈ではありません。ただ、それだけは絶対に駄目だと感じたのです。
「そんなこと! 絶対させねぇぞ!!」
自分でも驚くほどの声が出ました。天井に張り付いたまま、それでも私は、懸命にもがきました。
すると――まるで、私を天井に縛り付けていた紐が、プツリと切れたかのように、私は天井から落下し、ベッドの上で寝ている私自身の中に、戻ることができたのです。
そのとき、天井から落ちた衝撃で、ベッドのスノコ状の板が何本か折れてしまったほどでした。相当な勢いで落ちたのだと思います。ドスンという鈍い音と振動が、身体の奥まで響きました。
背中の痛みも忘れて、慌てて飛び起き、あたりを見回しました。
軍服姿の青年たちは、一人残らず消えていました。心臓が、まだ激しく鳴っています。背中の痛みも、すぐにまた戻ってきていました。
すぐに電気を点けて、改めて部屋の中を見てみると――木の枝と木の葉が、部屋のあちこちに散らばっていました。
これも、今朝帰って来た私が、無意識のうちに部屋の中まで持ち込んでしまったものかもしれません。それにしても、あまりに量が多すぎるように思えました。
そもそも、玄関で靴を脱いだはずなのに、部屋のいたるところに、靴の跡がいくつも付いていました。土で汚れた跡が、フローリングの上にくっきりと残っています。
おかしな話ですが、これも酔っ払っていた私が、自分でも気付かないうちにやってしまったことだと考えれば、説明できなくはないのでしょう。そう自分に言い聞かせるしかありませんでした。
結局、あの二晩に起きたことについて、自分の中でも、まだきちんとした説明はついていません。酒のせい、疲れのせい、色々な理由を並べてはみるものの、どれもしっくりとは来ませんでした。
ただ、この一連の体験がきっかけで、改めて考えたことがあります。
それは、8月15日の終戦記念日が近かったことが、自分の潜在意識のどこかで、関係していたのかもしれないということです。
戦禍に300万人以上もの犠牲を出してまで、私たちは今の日本の形を手に入れました。それは果たして、合格点と呼べるものなのでしょうか。豊かになった今の生活を、当たり前のものとして送っている自分に、ふと立ち止まって考えさせられました。普段は仕事に追われて、そんなことを考える余裕すらありませんでした。
私は絶対に、幽霊、心霊、死後の世界といった類のものは、一切信じません。
それでも――今日のこの国の輪郭を、命を賭して形作ってくれた英霊たちの御霊(みたま)が、今もなお、私たちのことを俯瞰して見守ってくれているのだとしたら。
あの夜、山の上で出会った青年たちのことを思い出すたびに、今もそんな気がしてなりません。彼らの真剣な表情や、揃った足音を思い出すと、不思議と、恐怖よりも別の感情の方が先に立ちます。
その感謝の気持ちだけは、忘れてはならないと、改めてそう思ったのです。信じる、信じないとはまた別の話として、それだけは今も、心のどこかに残っています。


