重い車

千葉県 主婦 鈴木康子(44)(仮名)

私が高校生だった時、母と2人暮らしの母子家庭でした。

私と母は、まるで姉妹か友達のような関係で、何でも相談できる、仲の良い親子だったので、2人だけの暮らしにも、寂しさは全く感じませんでした。

その頃付き合っていた彼との仲も母親公認で、母も私を真似て、彼のことを「佑ちゃん」と呼び、とても大切にしてくれました。

3つ年上の彼の車は、当時流行りの改造車で、内装は真っ赤なモフモフで車内は土禁。いわゆるシャコタン(車高を極端に低くする改造)で、いかにも・・・な感じのド派手な車でした。

ただ、乗っている車やイカツイ見た目とは違って、人に気遣いのできる、とても優しい彼でした。

ある日、私の家から車で2時間ほどの場所にある心霊スポットにドライブに行こう、ということになりました。

そこは病院としては異常なほど山奥にある、地元では有名な廃病院で、夜な夜な患者のうめき声が聞こえたり、看護師が車椅子を押しながら歩く姿が見えるという噂がありました。

母は「そんな気味の悪いところに行くのはやめなさい」と反対しましたが、必ず門限までには帰ってくるからという約束で、彼と2人でドライブデートに出発しました。

当時は携帯カメラなどない時代です。使い捨てカメラで写真を撮りながら、2人でドキドキ、というよりイチャイチャ探検しましたが、特に怖い目に合うこともないまま、心霊スポット探索は終了しました。

帰りの車内、私は怖かった反動からか、いつもよりテンションが高く、自分でもよくしゃべるな、と思っていました。

「ねぇ佑ちゃん。この写真、現像に出して何か変なもの写ってたらどうする? テレビ局とかに連絡したりしちゃう? もしかして、有名人の仲間入りかなぁ? これがきっかけでアイドルデビューとかしちゃったらどうしよう・・・」

興奮冷めやらぬ私の言葉にも、彼はあまり反応してくれませんでした。

途中、事故渋滞があり、予定より少し遅れて家の近くまで戻ってきました。

信号待ちで止まった時に、彼がボソッと「何か・・・車が重いんだよね。ブレーキも・・・何かスゲェ効きにくい・・・」とつぶやきました。

私はすぐに、これは私を怖がらせるための嘘だと気が付きました。

「改造とかし過ぎなんじゃないですか?」少し不機嫌な感じで返した私に、彼は

「だってほら、来る時はガソリンが1メーターの4分の1しか使ってないのに、帰りは1メーター近く減ってるんだよ。しかも下り坂で。エンジンの調子悪いのかなぁ・・・」

私に話しかけているのか、独り言なのか、よく分からなかったので、私は特に何も答えませんでした。

帰りの渋滞のおかげで、私はその日初めて、門限を少しだけ破って帰って来ました。

「ねぇ佑ちゃん。門限過ぎてるし、お母さんに見つかたら叱られちゃう。こそ〜っと家に入って、門限前に部屋にいたことにするから、でっきるだけそ〜っと帰ってね。そ〜っとよ。」

彼は短く「おっ」とだけ返事をしました。

当時、私の家は団地の1階部分でした。団地の中は車のエンジン音が響くので、いつもドライブデートの帰りには彼が気を使って、できるだけアクセルはふかさず、静かにそーっと家の前まで送ってくれるのが習慣でした。

ましてや今日は10分だけとはいえ、門限をオーバーしていたので、彼はいつにも増して、慎重に運転してくれました。

ところが、その日に限って、いつもは気にしないような凹凸で、車の底の部分を、「ガリガリガリガリガリ!」と、ものすごい音を立てて擦ったのです。

その瞬間、彼も首をすくめるような仕草で「うわ!こすった!何でだ?」と少し慌てた様子で私を見ました。

私は車の底を擦ったことよりも、大きな音で母に気付かれたんじゃないか、ということの方が心配でした。

嫌な予感は的中しました。

その音を聞きつけたのか、家から飛び出てきた母が、鬼の形相で私たちの方に向かって走ってきたのです。

その時の母の顔は、心霊スポットの何倍も怖かったのを覚えています。

「あんたたち! 一体何考えてんの!!」

団地中に響き渡る母の声と、おそろしい剣幕に、私も彼もすっかり固まって、「すいません。ごめんなさい。」と弱々しく何度も謝るしかありませんでした。

その後、申し訳なさそうにゆっくりと走り去る彼の車を二人で見送り、家に帰った私はお風呂に入り、母の作ってくれた夕飯を食べました。

その間、一言も喋ってくれない母に少しイラついた私は、

「ねぇお母さん、門限を破ったのは悪かったけど、少しだけだよ。10分だよ。帰り道に車がちょっと混んでたんだよ。もう怒んないでよ。」と言いました。

すると母親が不機嫌そうに言いました。

「お母さんね、門限を破ったことを怒ってるんじゃないの。佑ちゃんも佑ちゃんよ。あんなに大勢車に乗せて、屋根の上までよ! もし友達にケガでもさせたらどうするの! 一体あの子たちはどこ行ったの? もうお願いだからふざけて危ない真似だけはしないでちょうだい! ちゃんと佑ちゃんにも言っといて!」

その時、私は母の話を、全身に鳥肌を立てながら聞いていました。

母が言うには、車を擦った音に驚いて窓から様子を見ると、佑ちゃんの車全体に大勢の人が、ニヤニヤと笑いながらしがみつくように乗っていたのを見て、私たちに注意をするために、慌てて外に飛び出たというのです。

「佑ちゃんの言っていた『車が重い』は本当だったんだ・・・」

いつもは擦らない車の下を擦った理由も、それでようやく分かりました。それほど大勢の人が乗っていたのです。

その後、2人に特に変わったことはありませんでした。現像から上がってきた写真にも、特に変わったものは写っていません。

もしかしたら、私たちが心霊スポットから連れてきた大勢の霊たちは、母の恐ろしい剣幕に驚いて、どこかに消えてしまったのかもしれません。

実は今、その「佑ちゃん」は私の主人で、2人の間には大学生と高校生の子供もいて、幸せに暮らしています。

私の母も健在で、今でも時々、その話を持ち出しては「あの時は本当に不良になったと心配した」と話すのですが、未だに2人とも、本当のことは話せずにいます。

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