東京都 湯川慎二さん(20代・会社員)の背筋も凍る怖い話
北海道の田舎から、憧れの東京の大学へなんとか合格した私は、都会的で洗練された、綺麗系の彼女を作って、楽しい大学生活を送る――そんな未来を思い描いていました。
でも、現実はそんなに甘くありません。
寂しい春。虚しい夏。悲しい秋。
ただただ静かに、時間だけが過ぎていきました。
そんな私の運命が変わったのは、大学一年の冬。インストラクターのアルバイトとして、住み込みでとあるスキー場へ行った時のことです。
いざゲレンデに立ってみると――私は、まるで別人のようにモテたのです。
それから毎年、冬休みになると長野、群馬、新潟と、二〜三週間ほど住み込みで働くのが恒例になりました。北海道育ちの私にとって、スキーもスノーボードも身体の一部みたいなもの。どちらも一級を持っていましたし、北海道出身というだけで即採用でした。
普通は、一度働いた場所へ翌年も戻る人が多いんです。
でも私は、毎年わざと違うスキー場を選んでいました。
理由は、あまり褒められたものじゃありません。
簡単に言えば――去年のお客さんと再会しないためでした。
当時、私たちの間ではこんな言葉が流行っていました。
「ゲレンデ五割増し」
スキーウェアに帽子、サングラス。顔が隠れるだけで、男は五割カッコよく、女は五割可愛く見える。ましてやインストラクターともなれば、吊り橋効果もあるのか、驚くほどモテました。
当然、帰った後も連絡が取りたいと言われます。そんな時、SNSは私にとって神が与えた賢者の剣でした。
「アカウント削除攻撃」
これで、一方的に、後腐れなく終われたのです。同じスキー場を避けたのも、日帰りでは来づらい場所を選んでいたのも、全部そのためでした。
そんな鬼畜と言ってもいい日々を送っていた、大学三年の冬。
アルバイトも終わり、就職活動もそろそろ本格的に始めないとな……なんて呑気なことを考えながら、大学へ向かって歩いていた時です。
その日は曇り空だったにもかかわらず、私はスキー用のサングラスをかけていました。バイト焼けしたサングラス跡を隠すためです。
四車線ある横断歩道で、信号待ちをしていました。
反対側の右端に立っていた女性と、一瞬だけ目が合いました。
知らない女性でした。
私はすぐに目を逸らしました。
でも――
まだ見られている。
いや。見られているというより、睨まれていました。
私は濃い色のサングラスをかけています。向こうから私の目線が見えるはずはありません。それでも、もう一度よく見てみると――眉間に深いシワを寄せ、明らかに怒った顔で、私を睨んでいました。
私には、少しだけ心当たりがありました。
そうです、アルバイトです。
ゲレンデでは、みんなサングラスやゴーグルをしています。それ以外の時間は、薄暗いホテルの部屋でゴニョゴニョする程度。正直、名前どころか顔も曖昧でした。
もしかしたら、あの中の一人かもしれない。
(ヤッベェな……こんなところで……)
(何か言われたらどうすっかな……)
そんなことを考えているうちに、信号が青になりました。
私は正面を向いたまま、サングラス越しに女性をチラチラと見ていました。
横断歩道の半分ほどを過ぎた時です。妙な違和感を覚えました。
女性は、肩から下を一切動かしていませんでした。
まるでマネキンのように。
ただ――首から上だけが、ゆっくりとこちらを追っていたのです。
その違和感は、横断歩道の四分の三ほどまで来たところで、一気に確信へと変わりました。
(あぁ……これはアレだ……この世のモノじゃない)
横断歩道を渡り終えても、女性はまだこちらを見ていました。
いや。睨み続けていました。首だけを回しながら。
その時にはもう、首がきっちり90度以上回転していたのです。
私は必死に気付かないふりをして、できるだけ遠回りをし、女性の横を通り過ぎ、そのまま後ろ側へ回りました。
歩きながら、横目で確認します。
まだ見ている。
首はさらに回っていました。
120度。
140度。
160度……。
身体は、一切動いていません。肩も、足も、指先すらも。ただ首だけが、ギリギリと音を立てるように、こちらへ向いてくるのです。
私はそのまま、女性の真後ろを通り過ぎました。できるだけ離れて。できるだけ見ないように。
そして――視界の端から消えそうになった、その瞬間でした。
ゴロッ。
何か重いものが転がる音がしました。
ゴツン。
私は反射的に振り向いてしまいました。
そこにあったのは――
歩道の上に転がった、人の頭でした。
いや。そう見えたんです。
「うわぁっ!!」
腰が抜けて、その場で尻もちをつきました。
でも、次の瞬間。
女性はいませんでした。首もありません。身体もありません。何もないんです。
ただ、周囲の歩行者だけが、ものすごく嫌そうな顔をして、私を避けるように通り過ぎていきました。
その年、私は全く同じ経験を、様々な場所で味わうことになりました。一度や二度ではありません。週に二回ほど、あの女は現れました。
そして今。社会人四年目になった今でも――冬になると、年に数回、同じ光景を見ることがあります。
あの女は、私が名前も顔も忘れてしまった、あの中の誰かなのでしょうか。
それとも――私が使い捨ててきた、大勢の想いそのものなのでしょうか。
私が犯した過ちが許される日まで。
毎年冬になるたび、あの首は、私を探し続けるのかもしれません。


