神奈川県 水野芳恵さん(30代・会社員)の恐怖体験談
音信不通だった親友から、十三年ぶりに電話がかかってきました。 でも、久しぶりに会った彼女の家で見せられたものは、とても信じられないものでした。
紗和子とは、高校からの付き合いでした。社会人になってからも、お互いの生活の一部のような存在で、いちばん近い友人だったと思います。
彼女には、高校二年の頃から付き合っていた、八歳年上の彼氏がいました。正直に言うと、当初から私はその彼のことを、あまり良く思っていませんでした。
私たちが二十歳になる少し前のことです。紗和子から「妊娠している」と打ち明けられました。もちろん、その彼との子どもです。
ところが、彼女がそのことを彼に相談すると、あろうことか彼は行方をくらまし、連絡が一切取れなくなってしまいました。
その後すぐに分かったことですが、彼にはすでに妻子がいました。紗和子はそれを知らないまま、不倫関係にさせられていたのです。
そのショックのせいだったのか、紗和子はほどなくして、流産してしまいました。
妊娠、彼の失踪、不倫の発覚、そして流産。短い間に人生のどん底へ落ちた紗和子を、私はどうにか励まそうとしました。
でも、彼女の性格は、日に日に暗くなっていきました。
やがて仕事を辞め、引きこもりがちになった紗和子。私が訪ねていっても、「一目惚れして買った」という市松人形を抱え、無表情でその髪をとかし続けている。まるで、廃人のようでした。
親友を励まそうと必死だった私も、別人のようになった彼女を見るのが、少しずつ辛くなっていきました。申し訳なさに苛まれながら、それでも自分の無力さに負けて、私は少しずつ、紗和子から離れていってしまったのです。
それから、十三年が経ちました。
休日、部屋の掃除をしていた私の携帯が鳴りました。
登録のない番号です。出るのを一瞬ためらいましたが、なんとなく見覚えがある番号のような気がして、思い切って通話ボタンを押しました。
「・・・もしもし・・・芳恵?・・・」
かすれて、消え入りそうな声でした。それでも、私にはすぐに分かりました。
「え? 紗和子? 紗和子なの?」
久しぶりに聞く親友の声に、涙が溢れてきました。
紗和子は申し訳なさそうに、頼みたいことがあるので家まで来てほしい、と言いました。電話を切ってすぐ、私は彼女のアパートへ向かいました。
十三年ぶりに訪れた彼女の住まいは、周りに立ち並ぶ真新しいマンションから、一軒だけ取り残されたように古びていました。まるでそこだけ、時代が置き去りにされたような佇まいでした。
最近ではめずらしい、形式の古い呼び鈴を押すと、ドアの隙間から、懐かしい顔が覗きます。
――でも。
十三年ぶりということを差し引いても、その容姿はあまりに老けていました。見ようによっては六十代、下手をすればおばあさんのようで、あまりの変わりように、私はショックを受けました。
「来てくれてありがとう・・・中に入って」
ゴミ屋敷のような部屋を、正直、少し覚悟していました。でも、案内された部屋の中は綺麗に片付いていて、少しだけほっとしました。
しばらくは、他愛もない世間話。お互いの十三年分の溝を、探り合うように埋めていきました。それでも埒が明かないと思い、私から思い切って本題を切り出しました。
「急に連絡してきて、嬉しかったけど、びっくりしたよ。 で、どうしたの? 何かあった?」
単刀直入な質問に、紗和子は少し戸惑ったような顔をしましたが、やがて意を決したように、ゆっくりと話し始めました。
「この人形、覚えてる?」
そう言って立ち上がった彼女は、箪笥の上のガラスケースから、あの市松人形を取り出しました。十三年前、彼女が買ったあの人形です。
「あ・・・うん・・・なんとなく・・・」
本当は、よく覚えていました。それでもあえて、そんなふうにしか答えられなかったのは――なんとなく、嫌な予感がしたからです。
そこから紗和子は、堰を切ったように語り始めました。人形にまつわる、奇妙な体験談を。
あの一件のあと、彼女はやはり精神的に参っていたようで、人形に名前をつけ、まるで自分の子どものように大切にしていたそうです。
ところが、しばらく経った頃から、おかしなことが起こり始めました。
夜、寝る前にきれいに髪を梳かして、ガラスケースにしまったはずの人形。朝起きてみると、その髪が、まるで両手でかき乱したように、ぐしゃぐしゃになっていたというのです。
それだけではありません。
別の日には、夜中、ケースを叩く音や、ケースの中で足踏みをするような音で目を覚ましました。まるで「ここから出して」とでも言うように。
また別の日の朝には、ケースに入れておいたはずの人形が、布団の中で、紗和子に寄り添うように眠っていたそうです。
さらに最近では、体つきまで変わってきたといいます。最初は幼い女の子の体だったはずが、着物の上からでも分かるくらい、女性らしい丸みを帯びてきた、と。
だからこの人形を、供養してほしい。県内にある、人形と水子の供養で有名なお寺に、一緒に行ってもらえないか――それが、紗和子の頼みでした。
「もっと早く行けば良かったのに」
私がそう言うと、紗和子は涙を浮かべて言いました。
「流産した子どもの魂が、この人形の中に入っているのかもしれないと思うと・・・ 処分できなかったの」
「でも、じゃあどうして今なの?」
元親友だからこその、遠慮のない問いに、紗和子は少し言いにくそうに答えました。
「昨日の夜ね、ケースの中を見たら、人形の足元に、五百円玉くらいの血だまりがあったの。それで人形を確かめてみたら・・・ 足の内側に、血が伝った跡があって・・・」
成長した人形に、とうとう生理が来てしまった。そういうことでした。
さすがにこれ以上は無理だと、紗和子は人形を手放す決心をしたのです。
私たちはその日のうちにお寺へ向かい、丁重に供養してもらいました。
その後、紗和子は明るく元気な、もとの彼女に戻りました。今でも、私の一番の親友です。
ただ、一緒に街を歩いていると、時折、ショーウィンドウに飾られた人形の前で立ち止まり、ぼんやりと見つめていることがあります。
そんな紗和子を見るたび、私は少しだけ、心配になるのです。


