私:「そうそう、あのあと、あの歌のこと、ネットで調べたのよ。 そしたらね・・・」
その話を切り出した時、Yさんの表情が暗くなったのが少し気になったのですが、Fさんの
Fさん:「え? なになに? どうだった? どうだったの?」
という豪快な食いつきぶりに、私はそのまま話を続けました。
私:「あの歌、『兵隊さんよありがとう』って歌で、戦時中は皆んな歌ってたらしいよ」
Fさん:「ちょっと。気持ち悪いね。 どこで覚えたんだろう? 子供達に聞いてみようか」
そこで、子供達を3人とも呼んで、あの歌について聞いてみました。
私:「ねぇ。『ヘイタイさんよーありがとう』のお歌って、だれに習ったの?」
すると、Fさんの娘さんが答えました。
「おともだち! みーんなうたえるよ!」
Fさん:「おともだちって? 保育園のお友達?」
すると3人は声を揃えるようにして言いました。
「ちがうよ! おウチにいるおともだちー!」
それを聞いた瞬間、私とFさんは顔を見合わせ、鳥肌が立つ両腕をさすっていると、沈んだ表情のYさんがポツリとつぶやきました。
Yさん:「・・・やっぱり・・・そうなんだ・・・」
私:「『やっぱり』って? どういうこと?」
Yさんの話では、先週の深夜1時頃、寝ていた息子さんが突然起き上がり、部屋の壁に向かって走って行ったかと思うと、宙を見つめて、指先までピンと伸ばし、気をつけをした状態で、急にあの歌を歌い始めたんだそうです。
Yさんは息子さんが寝ぼけているんだと思い、声をかけようとしたのですが、その時、息子さんの周りに、戦時中に着るような服装の子供達が何人も、何十人も、同じ方向を向いて整然と並び、一緒にあの歌を歌っているのが見えたらしいのです。
Yさん:「・・・だからもう・・・この家では暮らせないと思ったの・・・」
青い顔をしてうつむきながら話すYさんに、私達はかける言葉が見つかりませんでした。
それから数日経ったある日、Yさんは平日の昼間に、私達には何も言わず、引っ越してしまいました。
その後、Fさんも引っ越すと言うので、ママ友を失いたくなかった私は
「もっと学年が上の子供はそんな事ないって言うし、もうちょっと様子見た方が良いって」
・・・と、説得したのですが、結局2ヶ月ほどで、Fさんも引っ越してしまいました。
正直、私にも息子にも、これと言って実害はないですし、何よりも家賃が安いのは、このアパートに住む絶対的なメリットです。
私は3年経った今でも、小学生になった息子とここに住み続けています。
最近、息子はもう、あの歌を歌わなくなりました。
どうやら歌自体も覚えてさえいないようです。
先週、新たに入居してきたご家族が、3歳位の子供を連れて、挨拶に来られました。
もし、その子があの歌を歌ったとしても、「そのうち歌わなくなるから大丈夫よ」とアドバイスしてあげようと思います。