群馬県に住む20代の男性会社員Tさんの、ちょっと切ない心霊体験談です。
つい先日経験した、ちょっと切ない話です。
高校生の頃から付き合っていた彼女と別れたのは、交際8年目の事でした。
きっかけは些細なことだったと思うのですが、ちょっとしたケンカが引き金となり、長かった交際が終わりを迎えたのです。
私も彼女も、仲間内から心配され、よりを戻すように勧められたりもしたのですが、二人の頑固な性格が災いして、逆に意地になってしまい、結局彼女との関係は完全に終わってしまいました。
それから5年ほど経ったある日のことです。
全く音沙汰がなかった元カノから、突然メッセージが届きました。
彼女の話では、久しぶりに会いたくなって、以前私が住んでいたアパートを訪ねてみたものの、取り壊された後だったので、私の今の住所を教えて欲しいと言うことでした。
正直、彼女と別れてからと言うもの、彼女以上に好きな人と出会うこともなかったので、そのメッセージは嬉しいものでした。
彼女に住所を送り、とりとめもないメッセージのやり取りで、お互いの5年間のブランクを探り合い、彼女がその週末に今の私のマンションに訪ねてくると言う約束をして、その日のやり取りは終わりました。
それから数日後、約束の日になり、私の家に彼女が来ました。
初めは少しよそよそしかったものの、久しぶりに会った彼女は付き合っていた頃と全く変わらず、あの頃と同じように、とても良い匂いがしました。
昔話に花が咲き、楽しい時間が過ぎて行く中で、私は彼女と別れたことを後悔し始めていました。
だいぶ酔いも回ってきて、あの頃の関係性が蘇ってきた頃、私は一番気になっていた事を聞いてみました。
「ところで、何でまた急に連絡してきたのよ」
すると彼女は、
「うん・・・ 実はね。 トシ君にちょっと手伝って欲しいことがあるんだ・・・」
急にしおらしくなった彼女にドキッとしましたが、私は平静を装いました。
彼女の話では、引っ越しをしないといけなくなったので、部屋の片付けを手伝って欲しいと言うのです。
「引っ越しを、じゃなくて? 部屋の片付けを手伝うの?」
何となく違和感がありましたが、そこはそれ以上突っ込みませんでした。
できるだけ早くと言う彼女の希望で、それなら明日、彼女の家に行くよと約束しました。
彼女に「家まで送ろうか」と言う申し出をやんわり断られ、マンションのエントランスで彼女の後ろ姿を見送りながら、別れたことへの後悔と、明日、もう一度やり直せないか聞いてみようかなどと考えているうちに、彼女の姿は見えなくなりました。
翌日の夕方、約束より少し早い時間に彼女の住むアパートに到着しました。
どうやら建物自体を取り壊す計画のようで、入り口には取り壊し計画の看板が立ち、各部屋のドアには立ち入り禁止の張り紙が貼られていました。
外階段を上って彼女の部屋の前まで行き、呼び鈴を押そうと指を伸ばすと、
「ギィィィィ・・・」
っと音を立て、ドアが開きました。
「ごめん。 ちょっと早かったかな?」
そう言いながら玄関に入ると、カーテンが閉まり、電気も消え、真っ暗な部屋の真ん中に、彼女が背中を向けて正座をしていました。
「何だよ。 真っ暗で何も見えないな」
すると彼女は、背中を向けたまま何も言わず、左手で部屋の左側を指差しています。
暗さにまだ目が慣れないまま、彼女が指差す方向に目を凝らすと、おそらくトイレかユニットバスと思われる折りたたみ式の扉が見えました。
「何よ。 そこに何かあるの?」
靴を脱ぎ、部屋の中に入り、彼女の指差す方向へ向かうと、突然、強烈な異臭が鼻を突きました。
「うわっ! これ、何の臭いだよ!」
そう言いながら部屋の中に目をやると、彼女の姿がありません。
その瞬間、私は全てを悟りました。
そっと折り戸に近付き、真ん中の部分をグッと押して扉を開くと、中から先程とは比べ物にならないほどの異臭が溢れ出し、浴槽の中には変わり果てた彼女の遺体がありました。
彼女の「片付けを手伝って欲しい」と言う願いは、この事だったのです。
すぐに警察を呼び、事情を説明したのですが、半分以上は信じてもらえません。
むしろ、私が殺して遺体を遺棄したのではないかと疑われたようで、何度もしつこく事情を聞かれましたが、やっと無罪放免になったのは、司法解剖の結果、彼女の死因が病死だった為でした。
あの時の光景と強烈な臭いは、それから数ヶ月経った今でも、鮮明に脳裏に焼き付いています。
ただ、その臭いの奥の方に、ほんの少し・・・
ほんの少しだけ、あの頃の彼女の匂いも感じ取ることができたことに、ちょっと切ない思いがしました。