千葉県 会社員 中本 修司(28)(仮名)
私が高校生だった時の体験談です。
その日は部活が長引き、帰宅がいつもより遅く、辺りはすっかり暗くなっていました。
自宅マンション手前の踏切が開くのを、自転車に乗って待っていたのですが、なかなか遮断機が上がりません。
しばらくすると、線路内の敷石の上をザクザクと走りながら、何やら大声で叫ぶ男性の声が聞こえてきました。
締まりっぱなしの遮断器の両サイドには、次第に大勢の人が集まって来て、心配そうに線路の中を覗いたり、口々に何かを話したりしています。
聞き耳を立てると、どうやら誰かが線路内に入り、電車に轢かれたらしいのです。
私の家はこの踏切を渡ってすぐの、線路に隣接するマンションで、その踏切から見える位置にあります。
あと一歩のところで長時間待たされた私は、喉の乾きと空腹も手伝い、少しイラッとしてきて、いつ開くかわからない踏切を待つより、グルっと回って別の踏切を渡って、遠回りして家に帰ることを選びました。
やっとの思いでマンションの敷地にたどり着き、脇の駐輪場に自転車を停めた私は、いつもならマンションの周りををグルっと回って正面玄関まで行き、エレベーターに乗るのですが、その時は一刻も早く家に帰りたかったので、駐輪場のすぐ横の外階段を使って、自宅のある3階へと歩いて上がることにしました。
外階段を上がろうと、手すりに手をかけた時、何かヌルッとした生暖かい感触があり、思わず「うわっ!」と声を上げ、手のひらを見ました。
暗くてよく見えませんでしたが、明らかにベットリと私の手のひら全体に何かが付いています。
少し上がった踊り場の明かりで確認しようと思い、階段を駆け上がると、私の手のひらは真っ赤に染まっていました。
「!?・・・血?・・・」
その時、階段のすぐ脇で「ヒュッ!」という音が聞こえたかと思うと、すぐさま
「ドシャッッッッッ!!!」
という、鈍く大きな音がしました。
「上から何か落ちてきた!!」
直感的にそう思った私は、踊り場からそっと地面を見ると、あらぬ方向に顔と腕がネジ曲がった、極端に足の短い女性が、ピクピクと痙攣しながら、地面にへばり付いているのが見えました。
私の手についた血糊は、あの女性のものだと直感的に感じました。
私はもう、あまりの恐怖で声も出ません。
半分腰が抜けそうになりながら何とか3階の自宅までたどり着き、玄関にへたり込んだ私は、震える声で母親を呼びました。
慌てて駆け寄って来た母に事の顛末を伝えると、母は外階段へと確認に向かいましたが、すぐに血相を変えて戻ってきました。
その後は消防や警察が来て、大騒ぎになっていたようですが、私はあんなに乾いていた喉の乾きも、あれほど減っていたお腹の事もすっかり忘れ、とにかく何度も何度も手を洗うことで精一杯でした。
その後、第一発見者として消防や警察に事情を聞かれ、詳細を整理して話していると、そのことが幸いしたのか、私はようやく落ち着きを取り戻すことが出来ました。
それから数日が経った頃、知人から一連の事件の詳細を聞いた私は、再度恐怖で愕然としました。
どうやらうちのマンションから飛び降りた女性は、その直前に私が長時間待たされたあの踏切の近くで電車に飛び込み、両足の太腿から先を失った状態で、這ってマンションの階段を登り、屋上から飛び降りたらしいのです。
ところが、司法解剖の結果、飛び降りる前には既に首と背中の骨が折れていて、這って屋上まで行ける筈がないらしいのです。
その上、先に電車に跳ねられた現場から、マンションの屋上まで延々と続く血液の総量を考えると、マンションにたどり着くずっと手前で、間違いなく失血死していたはずだというのです。
そうなると警察は、電車にはねられた女性を、誰かがマンションの屋上まで運び上げ、そこから落としたのではないかと疑ったようですが、結局それを証明するだけの確たる証拠も上がらず、最終的な死因は「失血及び頸髄・脊髄の損傷」という事になったようです。
「死んでもまだ、死にたいのか・・・」
人の執念というのは、本当に恐ろしいものだと感じました。