見た目は・・・拍子抜けするほど普通のオッサンでした。
年齢は50代でしょうか? 暗くてよくわかりませんでしたが、白髪交じりの痩せ型で、背も決して高くは見えませんでした。
私は・・・恐らく友人の頭の中にも
「え? あんな小さいフツーのオッサンがあんなあおり運転?」
「えーっ! ひょっとしてあのオッサン、格闘家とかでめちゃくちゃ強いんじゃないか?」
それぞれがそれぞれの想像をしながら、ここまで来ると、もう後には引けません。
覚悟を決めて、さらに歩みを進め、オッサンまであと数メートルほどの距離まで近付いた時です。
初めは何やら怒鳴り散らしているだけように見えたそのオッサンは、一生懸命私達の車の方を指差して何か言っていることに気が付きました。
「はぁ?・・・ な・・・ 何言ってんだオッサン!!」
オッサンのあまりの剣幕に4人とも思わず足を止め、ほぼ同時に私達の乗っていた車の方を振り返って見た瞬間、私達は産まれて初めて、『全身が総毛立つ』という感覚を経験しました。
私達が見たものは、車の屋根の上から後ろの窓にかけて、逆さまで仰向けになり、腕をぶらんと垂らした状態で、薄いコンニャクのようにデロンと張り付いた、小学生くらいの女の子だったのです。
片側の口角だけを上げてニヤーッと笑うその表情と、真っ青な顔色、何重にもねじれて千切れそうなくらい細くなったウエスト、だらしなく伸び切って左右の長さが全く違う両腕、製麺機で伸ばされたようなペチャンコの身体・・・
その女の子がこの世の者でないことは、4人ともすぐに分かりました。
「うわーーーーーーっっっ!!!」
それを見た瞬間、4人はなぜかそのオッサンの方へ向かって猛ダッシュし、オッサンの腕にしがみついたり後ろに隠れたりしながら、恐る恐るもう一度それを確認しました。
すると、女の子・・・いや、その化け物からは笑顔が消え、怒りに満ちた恐ろしい表情になったかと思うと、耳を塞がずにはいられないほどの金切り声を
「ギャーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!」
っと上げたかと思うと、薄い身体がペラっとめくれ、砂が風に舞うようにして消えてなくなりました。
オッサンは震え上がる私達に向かって、
「良かったよ。止まってくれて・・・あんなのくっ付けて走っていたら、いずれ大変なことになりそうだからね。」
と、優しく言ってくれました。
目的を果たしたオッサンは、自分の車へ戻り、走り去って行きました。
そのカッコ良い後ろ姿は、今でも鮮明に覚えています。
私達はと言うと、もちろんすぐにその車に乗る気にはなれず、土産物の「ミネラル塩」を購入し、車全体にふりかけ、見様見真似のお祓いをしました。
その後、明るくなるまでそのパーキングエリアで、ドンヨリとした気持ちで過ごした後、異常なほどの安全運転で、それでも目的地の海水浴場へと向かい、常に足の立つところで4人まとまってそ~っと泳ぎ、安全確認を怠ることなく、最後は究極の安全運転で帰路につきました。
もちろんシャチの空気はペチャンコに抜いて、代わりばんこに後ろの窓を確認しながらです。
それから早くも10年が経ちました。
あの時のことは、今でも4人ともハッキリと覚えています。
あの女の子は一体何だったのか、どこから付いて来たのか、何が目的で、その後また他の車にデロンと張り付いてはいないだろうか・・・全く見当も付きません。
ただ、今になって思うのは、そのオッサン、いや、おじさまは、4人の命の恩人だったのかも知れないと言うことです。