手話の叫び

千葉県 主婦 山本優香(仮名)

私の娘には、人と少し違う能力があります。

いわゆる「見える」子です。

その事に気づいたのは、娘が幼稚園に通い初めて、まもなくのことでした。

幼稚園では毎日、その日の出来事や必要な伝達事項の確認に、保護者と先生とで連絡帳のやり取りがあります。

ある日の連絡帳に、娘が時々、壁や教室の隅など、誰もいない方に向かって、空想の「お友達」と遊び始めると、お歌の時間や絵本の時間になってもなかなかやめてくれず、少し困ることがある、といった書き込みがありました。

「ああ、きっとこの子も、見えてるんだな・・・」

実は、幼少期の私にも同じような経験があり、周りの大人達を困らせることもしばしばだったようですが、中学に上がる頃にはその力も消え、今ではすっかり普通の人です。

そんな私自身の経験から、自分の娘にも同じ能力があることは、想像に難くありませんでした。

それに、もしも今、多少困ることがあったとしても、いずれ消えてなくなるだろうから、それまでは様子を見ようと決めていましたので、誰かに何か言われても適当にあしらい、あまり深刻には受け止めていませんでした。

ある日の夕方のニュースで、うちのすぐ近所に住むの20代の耳の不自由な女性が、勤め先の会社から自宅に帰る途中で、行方不明になったことを知りました。
家から目と鼻の先で起こった事件なのに加えて、写真で見た女性がとても綺麗な人だったこともあり、印象に残るニュースでした。
警察では事件や事故に巻き込まれたか、家出した可能性も含め、捜査しているということでした。

そのニュースを見た翌日だったと思います。

いつものように慌ただしく朝の支度を済ませ、主人を会社に送り出してから、娘を車に乗せて、幼稚園まで送って行く途中のことでした。

後部座席から娘の「バイバーイ」と言う声が聞こえたので、私は何気なく

「どうしたの? 誰か知ってる人いた?」

と聞きました。

すると娘は

「おネエちゃんが白いおうちをゆびさして、こんなことするの」

娘が言う「白いおうち」とは、いつも幼稚園に行く途中、車で通る道沿いのマンションのことです。

その時は運転中だったので、娘がどんなジェスチャーをしていたのか、見ることはできませんでした。

娘は翌日も、さらにその翌日も、白いマンションの前で、誰かに向かってバイバイをしました。

私には誰も見えなかったので、その先、ちょうど赤信号で停車した時に、今度は娘の方を向いて、あらためて聞きました。

「どうしたの? また知ってる人いた?」

するとまた娘は

「おネエちゃんが白いおうちをゆびさして、こんなふうにするの」

と言いながら、2本の指で目を左右に掻くようなしぐさをしました。

その瞬間、きっとこれは娘にしか見えていない人だと確信しました。