兄の遺品

友人の声が聞こえた瞬間、兄はカメラを手に持ってしゃがんだまま、ビデオのライトを向けて、後ろを振り返ります。

すると、上下左右に激しく揺れる画面とノイズの中に、ほんの一瞬「何か」が写り、それがあっという間にカメラを持つ兄の方に向かって突進して来ると、その「何か」はカメラごと兄に覆いかぶさるように通り抜けて行きました。

ほんの一瞬、白髪交じりの老婆のようにも見えたその「何か」が、果たして人だったのか、動物だったのかは分かりませんが、私は映像を見た時、恐ろしく強い恨みを持った霊的なもの、と直感的に感じました。

その後、カメラは地面に落ちたのでしょう。しばらく薄汚れた廃墟の床を撮り続けます。

画面の隅には、力なく床に伏せている右手が映っていて、その指には、兄の遺品を収めたダンボール箱の中にあったシルバーの指輪がはめられていました。

さらに映像には、誰かが何かブツブツとつぶやいているような音が、かすかに録音されていました。

その音をボリュームを最大限に上げて聞いてみると、ノイズの向こうにかろうじて聞こえてきたのは

「・・・アク・・ン・・ク・・カ・・・ア・・・イン・・クカ・・・」

ハッキリとは聞き取れませんでしたが、そんな感じの呪文のような言葉が、弱々しい兄の声でしばらく繰り返された後、映像はプツリと途切れました。

そこで私は、最後のシーンをもう一度、何が映っていたのか、最期に兄が何を言っているのか、あらためて検証しようと思い、リモコンを手にした瞬間、デッキから突然、DVDが吐き出されました。

出てきたDVDを入れ直そうと手に取ると、思わず床に落としてしまうほどの熱さで、DVD自体、熱で歪んでしまっていて、その後何度デッキに入れても、映像は再生できませんでした。

それからしばらくして、また実家に帰った時、あの映像に残されていた兄の言葉を思い出し、母に聞いてみました。

「なぁ、『アカクンカ』やか『アクインカ』やかって、知っとうと?」

すると母は、「どこで聞いたん?」と戸惑いながらも、私には話していなかった、兄の最期の状況を話してくれました。

私は全く知らなかったのですが、兄は自殺前、精神的なバランスを崩し、しばらく精神科に入院させられていたそうです。

自殺したのは、その病院から一時的に帰宅した、その日の夜でした。

そして兄は、入院してからずっと繰り返しこの言葉を、まるで呪文のように唱え続けていたというのです。

「・・・ア・・・ク・・イン・・ク・・カ・・・アク・・・イ・・ン・・クカ・・・」

兄が何度もつぶやいていた言葉、それは

「悪因苦果」

だったそうです。

元は仏教語で、悪いことをすると必ず悪い報いがあるという意味で、言い換えればそれは「因果応報」ということになります。

こう言っては兄に失礼ですが、兄の学力からすると、そんな言葉を知っていたとは到底思えません。

やはりこれは、ビデオの中の「何か」が、兄の中に入り込んで教えた、呪いの言葉だった気がするのです。

ビデオのマスターテープは、今でも私が大切に保管していますが、映っていた内容については、私一人の胸の内にしまっておこうと思います。