オバケの城

東京都 自営業 岡本 明夫(52)(仮名)

今から40年以上前、私が小学校3年生だった時の話です。

昭和50年代前半。当時は都内でも、いわゆる「空き地」がそこかしこに点在していて、野球や虫取りなど、子どもたちの絶好の遊び場となっていました。

同じく「空き家」も多く、小学校の高学年から中学生くらいになると、「探検」と称して、今で言う肝試しのような遊びが流行っていました。

そして、何軒かの空き家の中でも、「オバケの城」と呼ばれる屋敷は、その見た目から別格の存在として君臨していました。

立派な門扉の奥には、腰の高さほどの雑草が生い茂る大きな庭があり、その向こうに佇む洋風の大きな2階建ての建物は、小学生の私達から見ると、まるでお城のような豪邸でした。

そこは、小学校低学年では怖くて近付くこともはばかられる、異質の存在だったのです。

子どもたち、特に男子は皆、「オレは5年生で中まで入った」とか、「オレは6年生の時、2階まで上がった」といった自慢が一種のステータスで、勇気の度合いのようなものを自慢し合っていましたが、今考えれば、全部くだらないウソだったかもしれません。

それでも、その当時の私達には、それこそが勇気の証明だったのです。

ある日、学校からの帰り道で、例の「オバケの城」に差し掛かった時のことです。

建物の入口から、同級生のA君が顔を覗かせて、私に向かって大声で話しかけてきました。

「明夫くん! 探検しよう!」

私はまだ下校途中で、ランドセルを背負ったままでしたので、

「うん! ランドセル置いてくるから、チョット待ってて!」

と言って、走って家に帰りました。

道すがら「A君、半分家の中に入ってたな。勇気あるな・・・」と思いながら家に帰り、玄関にランドセルを放り投げ、すぐに「オバケの城」へ向かいました。

息を切らせて門の前に着くと、A君の姿がどこにも見当たりません。

門には鍵がかかっているので、脇のフェンスの切れ目から体をねじ込み、雑草をかき分けて玄関前に立ち、建物の方に向かって

「A君! どこ!?」

と、大きな声で叫びましたが、返事がありません。

「中にいるのかな?」

そう思い、玄関の前まで進んでは見たものの、まだ小学3年生です。

一人で中に入る勇気などとてもありません。

「A君! A君!」

建物に向かってA君を呼んでいると、2階のベランダからA君が顔を出し、ニコニコしながらこっちを見ていました。

「A君すげぇ! ひとり? ひとりで2階まで上がったの?」

私の問いかけに、A君は黙ってニコニコしながら、右手でおいでおいでと私を誘いました。

「A君が行けたんだから、僕も行ける!」

私は幼いプライドとありったけの勇気を振り絞るようにして、ドアを開けて建物の中へ入り、廊下の右側にある階段を、一歩ずつ、ゆっくりと上っていきました。

きしむ階段を上っている途中、私は突然、あることを思い出しました。

「あれ? A君・・・先月・・・事故で死んだよな・・・」

その後、急に怖くなった私は、家まで一目散に逃げ帰ったのですが、果たしてどこをどう通って帰ったのか、ほとんど記憶がありません。

そして、いくら小3とはいえ、何故A君が事故で亡くなったことを、何故あの瞬間まですっかり忘れていたのか・・・

結果として、私は「3年生でオバケの城の2階まで上がった英雄」として、しばらくは崇め奉られることになりました。

まぁ、実際には階段の途中で逃げ帰ったのですが・・・

それにしても、A君・・・あれは本当にA君だったのでしょうか。

それとも、「オバケの城」に巣食う、悪しき魂に呼ばれたのでしょうか。