ひな祭り

東京都 主婦 横山 陽菜(37)(仮名)

2年前の冬、以前から病気療養していた母が亡くなりました。

私は悲しみに暮れながら、家主を失った千葉の実家で、遺品の整理に追われていました。

思い出の品々を処分するのは本当に心が痛みましたが、私の家は都内の狭いマンションですので、すべてを引き取ることができなかったのです。

何でも捨てずにとっておく性格だった母の、たくさんの遺品の中でも、処分するのに一番困ったのが、雛人形でした。

今どき珍しい七段飾りの、それはそれは立派なものです。

私の誕生日が3月3日だったこともあり、まだ若かった両親が、かなり無理をして一人娘の私のために買ってくれたものでした。

実家は田舎で広かったので、当時は置き場所に困りませんでしたが、現在私が暮らしているマンションには大き過ぎます。

そこで、残念ながら処分することにしたのですが、翌々月がひな祭りだったので、主人と相談して、4歳になる一人娘のために、今年だけ全部飾ったら、お内裏様とお雛様だけを残して、残りは処分しようということになったのです。

いざ、雛人形一式を家に運び入れては見たものの、やはりしまっておけるスペースがありません。

仕方がないので、少し早目ではありましたが、とりあえずリビングに全部飾っておくことにしました。

リビングは、廊下の突き当たりのドアを開けた右側にあり、左手はキッチンで、部屋の正面は全て窓になっています。

正面の窓際に置けば部屋が暗くなりますし、右奥の壁にはテレビや本棚があるので、置くことができません。

そこで、ドアが全部開けられなくなるのを覚悟で、リビングに入ってすぐ右側の、ドアの裏の壁に、窓の方を向けて飾ることにしました。

娘や主人が勢いよくドアを開ければ、雛壇にぶつかってしまう心配があったので、念のためドアには

「かいへいちゅうい! ひなにんぎょうあり!」

と、張り紙をしておきました。

すべてを飾り終わり、娘の喜ぶ顔を想像しながら、幼稚園に迎えに行きました。

案の定、娘は帰ってくるなり大喜びで、それからと言うもの、毎朝起きるとすぐにお雛様に向かって話しかけたり、寝る前にうっとりと眺めてみたり、かなり気に入った様子でした。

それから月日が流れ、3月3日を迎えました。

「この雛人形とも、もうすぐお別れか・・・」

そう思うと心中複雑ではありましたが、しまっておけるスペースもなく、どうすることもできません。

夜、主人が帰宅してから、私の誕生日と娘のひな祭りのお祝いをして、その日は少し遅めの就寝となりました。

その夜、深夜2時過ぎだったと思います。

私は隣で寝ていた娘の寝言と、泣き声で目が覚めました。

泣きじゃくる娘の話では、雛人形に囲まれ、バラバラにされるのが嫌だといって、詰め寄られる夢を見たというのです。

もちろん、雛祭りが終わったら、御代理様とお雛様以外の、残りの人形を処分すると言うことは、娘には話していません。

「おひなさま、みんないっしょがいいって! みんなをバラバラにしないでって!」

号泣する娘を落ち着かせるため、少し何か飲ませようと思い、娘と一緒にキッチンに行きました。

リビングのドアを開け、娘の手を引いてドアを閉めた時、ふと雛人形の方に目をやると、

座っているはずの人形が全部立った状態でこちらを向いて、頭をヘッドバンキングのように勢い良く、髪を振り乱しながら前後に振っていたのです!!

私は恐怖のあまり悲鳴を上げそうになったのをグッと我慢して、とにかく娘に見られてはいけないと思い、娘と雛人形の間に立って、キッチンへと急ぎました。

私の異変を察知したのか、娘は

「ママ、どうしたの?」

と尋ねましたが、私は必死に平静を装い、娘が飲み物を飲んでいる間に、キッチンからの明かりに照らされた雛人形の方を恐る恐る確認しましたが、人形たちは何事もなかったかのように、みんな正面を向いて座っていました。

その後、早足でベッドに戻り、娘を寝かしつけながら考えたのですが、娘の「みんなをバラバラにしないで」と言う言葉が、母の遺言のような気がしてなりませんでした。

翌日、昨晩の出来事を主人に話しても、「見間違いだろう」で済まされるのは分かっていましたので、改めて主人を説得して、雛人形は処分しないことになりました。

それからというもの、毎年この時期になると、家のサイズには到底釣り合わない、立派な七段飾りが、リビングを占領しています。