東京都 会社経営 Sさん(44)
今から4年前の話です。
当時私は、飲食店を経営していたのですが、2店舗目の出店で失敗し、借金を作り、半年ほどの間、ホームレス生活を経験しました。
住む場所を失ってからしばらくは泊まる場所もありましたが、貯金を切り崩しながらの生活は、そう長続きしません。
宿泊場所のホテルはすぐに安宿へとグレードダウンし、さらにサウナから漫画喫茶へと変わり、それでもあっという間に貯金は底をつき、1ヶ月ほどたった頃には、ついに都内のとある公園で、人目を避けながら寝泊まりするようになりました。
「俺も落ちるところまで落ちたな・・・」
半ば諦めに近い感情を胸に、文字通りホームレスになってから、あっという間に数ヶ月が過ぎました。
ホームレス生活が始まった頃は、まだ残暑厳しい折でしたので、虫の襲来を避けることが至上命題でしたが、その後は寒さとの戦いがすぐに始まりました。
経験豊富なホームレスは、その事を考え、予め防寒のための衣類や毛布を用意しておくのですが、私は初心者でしたので、迫り来る本格的な冬を前に、衣類の調達先を考えあぐねる日々がただいたずらに過ぎていきました。
その日は、季節外れなほど底冷えのする、寒い日でした。
深夜、あれは2時頃だったと思います。
寒さのせいか、私は急にトイレに行きたくなりました。
夜中のトイレは周囲に防犯灯が灯り、そこだけポツンと、周りから浮いたように見えます。
割ときれいに整備され、使いにくいという訳ではないのですが、時々中学生か高校生くらいの若者がタムロしている時があり、ホームレス仲間もそれを怖がって、特に夜中はあまり近付かないようにしていました。
私も明るくなるまで我慢しようかと考えましたが、やはりどうしても我慢できず、意を決してブルーシートとダンボールで作ったテントを出て、トイレの方に歩いて行きました。
テントは人目を避けるため、本来なら立入禁止の植え込みの奥にあるため、そこから最短距離でトイレにつながる遊歩道に出るためには、真っ暗な「森」の木々の間を縫うように歩いて行くしかありません。
トイレ付近で少年たちの話す声が聞こえないか、他に人がいないかを気にしながら、落ち葉の上をザク、ザクと歩いて行くと、森の奥にぼんやりと明かりが見えました。
「ん? 何の明かりだろう?」
地面からだと、ちょうど私の胸くらいの高さでしょうか。
色や大きさ、何よりもその光源の高さから、防犯灯などの明かりでないことはすぐに分かりました。
さらに目を凝らしてみると、フワッ・・・フワッ・・・フワッ・・・
その光は青白く、点滅しているように見えました。
「なんだ? 何が光ってるんだ・・・?」
懐中電灯でも自転車のライトでもない、メロンくらいの大きさの光です。
恐怖心もありましたが、初めて見る現象に、その時は好奇心が上回りました。
さらに近づいて、目を凝らしてよく見てみると、その光は、点滅しているのではなく、縦半分が光っていて、反対の面が光っていない球体が、クルクルと回っているのだと気付きました。
光の正体を確かめるため、森の奥へと進み、その光まであと2〜3メートルほどの距離まで近づいた時、その光の正体が分かりました。
光って見えたのは、黒い学ランに学帽をかぶった中学生くらいの少年の、生気のない青白い顔でした。
その少年は地面から少し宙に浮いた状態で、ピシッと直立不動で敬礼をしながら、音もなくクルクルと回っていたのです。
「!!声を出しちゃダメだ!!」
私はとっさにそう思い、ゆっくりと後ずさりしながら、後ろに伸ばした手で懸命に逃げ道を探りました。
すると、初めはやや上を向いて回っていたその少年はピタッと回転を止め、敬礼した姿勢のままギョロッと私を睨みつけたのです。
その瞬間、私は怖くなって一目散に木々の間を走り、自分のテントに転がり込みました。
その夜はもちろん一睡もできず、凍えながらただひたすら明るくなるのを待っていました。
夜も明け、昨晩の恐怖から少し開放され、公園に遊びに来る親子連れで賑わう昼前のことです。
昨晩のあれは一体何だったのか・・・もう一度あの場所を見に行こうか・・・そんなことをボンヤリと考えていた時、20年以上音信のなかった友人が私のテントを訪ねてきました。
その友人は私の窮状を聞きつけ、新しいビジネスの立ち上げに誘ってくれました。その後も偶然の一言では片付けられないほどの幸運が続き、今ではそのビジネスも軌道に乗り、ようやく元通りの生活を送らせていただいております。
それにしてもあの時の背筋も凍るような体験は、一体何だったのでしょうか。
寂しそうな目で青白く光る少年のうつろな表情は、今でも脳裏に焼き付いていますが、今考えれば、あの子は私にとって、座敷わらしか、幸運の天使だったのかも知れません。