愛知県 会社員 山田真紀(26)(仮名)
私がまだ、会社の社宅に住んでいた頃の話です。
そこは古いマンションでしたが、女性社員専用で、管理人さんも常駐していたので、就職を機に初めての一人暮らしだった私でも、安心して暮らすことができました。
私の部屋は1階だったので、上の階よりも家賃が安く、生活も便利な場所だったので、これといって不満はありませんでしたが、唯一の欠点は、私の部屋のお隣りさんが、毎晩、ある決まった時間になると「ドンドンドンッ!」と必ず3回、部屋の壁を叩くような音を出すことでした。
ただ、社宅ということは当然、そのお隣りさんも同じ会社に勤めている人です。
下手に文句を言ってトラブルにでもなって、仕事に影響が出るのも嫌なので、そのことはずっと我慢していました。
同じ社宅に住むK先輩は、仕事ができるだけでなく、後輩たちの面倒見も良いので、社宅では「寮長」に任命されていました。
そのことを本人は「寮長になると結婚できない」という伝説を信じていて、とても嫌がっていましたが、それでも、仕事のことはもちろん、社宅内のルールも、K先輩に聞けば何でも知っているので、私にとっては公私共に、とても頼もしい存在でした。
入社してちょうど1年ほど経った頃、飲み会の後に、K先輩の部屋で、2人だけで2次会をしようということになりました。
話も盛り上がり、程よく酔いも回ってきた頃、私は何の気なしに、隣の部屋の物音のことを、K先輩に話してみました。
「ん? 山田んちの隣? ・・・この何年かずっと空き部屋で、誰も住んでないはずだけど?」
「えーっ! そんなことないですって! 夜寝てるとお風呂場の方から・・・ってことは、隣の部屋の方ってことですよね? 夜中の2時45分になると必ず3回。ドンドンドンッ!って。」
「お風呂場の方って・・・納戸の向こう側ってこと?」
「納戸? 納戸って何ですか?」
「バカねアンタ、納戸も知らないの? ほら、そこよ。私はクローゼットにしてるけど。」
そう言って先輩が指差した先には、なぜか私の部屋にはない、引き戸が付いていました。
おかしいなと思いました。
社宅内の部屋の間取りは全て同じはずなのに、私の部屋にはそんな引き戸もスペースもないのです。
「やだ先輩、私だって納戸くらいは知ってますよ。でも、ウチにはそんな収納スペース、付いてないですよ。」
「そんなはずないよ。だって、この社宅、全部同じ間取りだもん。まさかこの1年、一度も開けてないんじゃないでしょうね。」
私はいくら説明しても分かってもらえなかったので、K先輩と一緒に私の部屋まで行って、直接確認してもらうことにしました。
私の部屋に入り、2人で引き戸があった壁の部分を、改めて目を凝らして見ると、ほんの少し段差があり、ちょうど引き戸を外した上に板を貼り付けて、壁紙を貼って塞いだような痕跡がありました。
「もしかして、その壁を叩く音って、この中から聞こえてきてんじゃないの?」
先輩に真面目な顔をしてそう言われた私が、怖くなって涙目になっているのを見た先輩が、
「ごめん、悪かった。よし、私、今日ここに泊まってあげるね。」と言ってくれました。
先輩の部屋から布団を一式、私の部屋に運び入れ、布団に入って少しウトウトしかけた頃でした。
「ドンドンドンッ!」
その音に2人は同時に飛び起きました。
時計を見ると、やはり2時45分でした。
こうなったらもう、社宅だなんだと言ってられません。
2人は思い切って、貼ってあった壁紙と板を剥がしてみると、天井まで続く畳1畳ほどの空間が現れました。
カビ臭い、鼻をつく異臭が立ち込める中、真っ暗な空間の奥に向かって、携帯のライトを照らして目を凝らすと、一面にびっしりと、無数のお札が貼ってあるのが見えました。
そのあとは、ふたりで先輩の部屋に転がり込み、恐怖で眠れない一夜を明かしました。
私はその後すぐに会社の人事部に事情を説明して、部屋を移らせてもらいました。
後で管理人さんに聞いた話ですが、実はその昔、この土地は武家屋敷で、お札だらけの空間の真下にあった井戸に、身を投げて亡くなった女中さんがいたそうです。
もしかしたら壁を叩くようなあの音は、その女中さんが助けを求めていた音だったのかもしれません。