アパートに帰った時、なぜか初めて「ただいまぁ〜。」と声に出してしまった瞬間、完全に知らない女との同居を認めてしまったことに気付き、益々嫌な空気が充満しました。
できるだけ畳のシミから離れて歩き、対角線上の部屋の隅に膝を抱えて座り、しばらく黙って押し入れの方をじっと見つめました。
しばらくして友人の言葉を思い出し、押し入れの奥を確認しなければとも思いましたが、それはそれで自分の中で葛藤が続きました。
「もし、押し入れの奥を確認した時、死体でも出てきたらどうすんだ? 警察を呼んで、どう説明する? 下手したら、俺が犯人だと疑われるんじゃないのか?」
バカみたいな独り押し問答が続き、気が付いた時には、帰ってから2時間以上が経過しました。
「ダメだ、このままじゃ何も解決しない。よし!やるか!」
シミのある方から入るのは怖かったので、反対側のふすまを開け、中の荷物を全部引っ張り出してから、スマホのライトを点けて、押し入れの中の問題の場所まで這って行きました。
押し入れの天井から壁、床に向かってライトを当てて確認しましたが、特に変わったところはありませんでした。
「やっぱり、思い過ごしか。よかった・・・」
そう思って後ろを振り向いた時です。
ふすまの隙間に指を差し込んで、そこから目を見開いて覗いている誰かが、ふすまの向こうでこう言ったのです。
「アタシ、ソコデ死ンダノヨ!」
私は転がるように押し入れから出て、一目散でシミを飛び越え、アパートの外に逃げました。
その日は無理を言って、友人の家に泊まらせてもらい、翌日、不動産屋に事情を説明して確認したところ、20年以上前にその部屋の押し入れで、女性が亡くなったらしいのですが、「その後の住人から特にクレームはないし、あなたの前に複数の人が入居していて、入居前の告知義務もない」ということで、全く相手にしてもらえませんでした。
実はその後、半年以上その部屋に住み続けたのですが、どういう訳かそれ以来、閉まらなかった襖がピタッと閉まるようになり、その前のシミの部分でつまづくこともなくなりました。
もしかしたら、あの女の霊は、自分が押し入れで死んだことを、誰かに伝えたかっただけなのかもしれません。