茨城県 薬剤師 安並正夫(32)(仮名)
2年の浪人の後、やっとの思いで入った東京の大学で、薬剤師になる夢に向かって勉強していた頃の話です。
生まれて初めての一人暮らしは、築30年の古いアパートからスタートしました。
閑静な住宅街の中でもひときわ古びたそのアパートは、畳の和室が1部屋に小さなキッチンと、ユニットバスが付いていました。
居間の押し入れの襖(ふすま)は、建物がゆがんでいるせいなのかキチンと閉まらず、常に指一本分くらいの隙間が空いていて、その手前の畳には大根を2本並べたようなシミがあり、手で撫でると少し窪んでいるような気がしました。
このシミに関しては、入居前に不動産屋さんから「畳を替えなくてもいいのなら、敷金と礼金はナシでいいですよ。」と持ちかけられ、その条件に乗ったのですが、どうもその前を通る時、その窪みが原因なのか、つまづいて転びそうになることが何度もあったので、やはり入居時に畳を替えて貰えば良かったと、後になって後悔していました。
ある日、サークルの飲み会の帰りに、友人3人で飲み直そうということになり、途中のコンビニで酒と食料を買い込み、私のアパートへと向かいました。
私の部屋は2階で、外階段を上って廊下を突き当たった204号室でした。
夜も遅かったので、周囲に気を使いながら外階段を上っていた時、一人だけ階段を上らずにいる友人に気付きました。
私はその友人に向かって小さな声で「おい、どうした。上ってこいよ。」と言ったのですが、なぜかその友人は、私の部屋の方向を見据えたまま、何も答えません。
階段の途中で、皆で不思議そうに顔を見合わせてから、その友人を迎えに、一旦階段を降りました。
「なんだよ、どうしたんだよ。」
友人たちが問い詰めると、彼は「ごめん、今日はちょっと・・・帰るわ。」と言い残し、一人で駅の方に向かって帰ってしまいました。
皆でキョトンとした表情で、しばらくの間、彼の後ろ姿を見送った後、何事もなかったかのように私の部屋になだれ込み、夜遅くまで談笑しました。
翌朝、と言ってもほとんど昼前でしたが、目が覚めた時には友人は皆、帰った後でした。