部屋の中に入り、しばらくの間、他愛もない世間話でお互いの13年分の溝を埋めるための探り合いの後、思い切って私から本題へと切り込みました。
「もう、急に連絡してきて、嬉しかったけど、びっくりしたよ。 で、どうした? 何かあった?」
私の単刀直入な質問に、彼女は少し戸惑った様子でしたが、意を決したように、ゆっくりと話し始めました。
「この人形、覚えてる?」
そう言いながらスッと立ち上がった彼女は、箪笥の上に飾ってあったガラスケースの中から、13年前に買った市松人形を出してきました。
「あ・・・うん・・・ なんとなく・・・」
私はもちろん覚えていましたが、あえてそんなふうに答えてみたのは、なんとなくですが、嫌な予感がしたからです。
そこからと言うもの、彼女は堰を切ったように、その人形にまつわる奇妙な体験談を、淡々と語り始めました。
あの一件のあと、やはり彼女は精神的に病んでいたようで、人形に名前を付け、まるで自分の子供のように大切にしていたそうです。
ところが、しばらく経った頃から、不思議な現象が起こるようになりました。
寝る前にキレイに梳かしてからガラスケースに入れたはずの人形の髪が、朝起きると、まるで両手で掻き乱したように、グシャグシャになっていたと言うのです。
そればかりか、別の日には、まるで「ここから出せ」と言わんばかりに、夜中にガラスケースを叩いたり、ケースの中で足踏みをする音で起こされ、また別の日には、朝、目が覚めると、ケースに入れてあったはずの人形が、布団の中で添い寝していたそうです。
さらに、最近では体つきも変わり、初めは幼い女の子だったはずが、着物の上からでも分かるくらい、女性的な体型に変化してきたというのです。
だから、この人形を供養するために、県内の人形と水子の供養で有名なお寺に、一緒に行って欲しいということでした。
私が
「もっと早く行けば良かったのに」
と言うと、紗和子は、
「流産した子供の魂がこの人形の中に入っているのかも知れないと思うと、処分できなかったの」
と、涙を浮かべて言いました。
「でも、じゃあどうして今なの?」
元親友だからこその、遠慮のない質問に、紗和子は少し話しにくそうに言いました。
「昨日の夜ね、ケースの中を見たら、人形の足元に500円玉くらいの血溜まりがあったの。
それで人形を確認してみたら・・・ 足の内側に血が伝った跡があって・・・」
成長した人形は、とうとう生理が始まってしまったと言うのです。
それで紗和子も「さすがに、これ以上は無理」だと思い、人形を供養して、手放す決心をしたのだそうです。
私達はその日のうちにお寺に行き、丁重に供養してもらいました。
その後、紗和子は明るく元気な彼女に戻り、今でも私の一番の親友です。
ただ、一緒に街に出かけると、時折ディスプレーされている人形の前に立ち、ぼんやり眺めていることがあるので、少し心配な時もあります。