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御礼に伺いました

御礼に伺いました

神奈川県 タクシー運転手 Kさん(30代・男性)の不思議な実話体験談

その日は昼日勤で、午前7時から午後4時までの乗務が終わり、営業所に戻ってタクシーの点検と洗車、乗務日誌の記録、清算処理などをしていました。

仕事をこなし、そろそろ帰ろうかと思っていた時、営業所に現れたのは、真っ白なワンピースに身を包んだ、清楚で可憐な色白美人でした。

所長が応対すると、その女性は「御礼に伺いました」というのです。

すると営業所の中を見廻し、カウンターの側に突っ立っていた私と目が合った瞬間、

「この方です!」

と言って、私を手で指し示しました。

私にはなんのことか、さっぱり分かりません。

そこで、その女性を応接室にお通しして、所長と私で詳しくお話を伺うことになりました。

その清楚な女性が言うには、私のタクシーに何度もご乗車いただいたというのです。

「覚えていらっしゃいませんか?」

と、小首を傾げて聴くその姿に、ちょっとドギマギしながらも、よくよく思い出してみると、突然記憶が蘇りました。

「あーーーっ!あの時の!!」

それは、半年ほど前の出来事でした。

その時のシフトは夜日勤で、乗務時間は午後6時から午前2時まででした。

あと30分ほどで終業時間でしたので、そろそろ営業所に向かおうかと考えていると、歩道で真っ白なワンピースを着た女性が街路灯に照らされ、手を挙げているのが見えました。

終電もない時間帯ですし、もしかしたら「お化け」かも知れないと思いました。

「お化け」とは「幽霊」のことではなく、思いもよらぬ時間や場所で、長距離客を乗せた場合に使うタクシー業界用語です。

その日、売り上げがあまり芳しくなかった私は、期待しながら車を止めました。

「どちらに向かいましょうか?」

私の問いかけにその女性は、消え入るような声で「Kセンター病院まで・・・」と答えました。

Kセンター病院は、残念ながらそこからわずか10分ほどの場所にあります。

(お化けじゃなかったか・・・じゃあ幽霊の方か?)

ちょうど女性が乗車した場所には「この場所でひき逃げ事件を目撃した方は・・・」と書かれた立て看板があったので、そんなことも少し脳裏を横切りましたが、とりあえず車を走らせ、Kセンター病院へと向かいました。

「お客様。この時間帯だとKセンター病院の正面玄関は閉まっていますから、救急外来の方に回りますか?」

私の問いかけに、やはり女性は幽霊のような声で「はい・・・」とだけ答えました。

到着すると、「これで」と言って、交通系のICカードを提示し、支払いを済ませた女性は、車をUターンしているわずかな間に、暗闇にそびえ立つ病院から放たれる真っ白な光の中に、溶け込むように消えて行きました。

そしてその次の日のことです。

昨日と同じ夜日勤だった私は、たまたま昨日と同じ時間帯に、昨日と同じ道を走っていると、昨日と同じ場所で同じ女性が手を挙げているのに出くわしました。

「Kセンター病院まで・・・」

女性はまた消え入るような声でそう言いました。

こう言った場合、あまり立ち入った話をするべきではないと分かってはいましたが、正直、流石にこれは幽霊か?と疑念を感じた私は、あえて女性に聞いて見ました。

「お客様、昨日もこちらでご乗車いただきましたね」

私の問いに、女性は黙ったまま俯いています。

(やっぱり幽霊かな・・・?)

そう思いながら、昨日と同じやりとりの後、昨日と同じ病院に到着しました。

金額を告げると「これで」と言って、やはり交通系ICカードを提示され、ちゃんと清算もしていただきました。

(幽霊には支払いできないよなぁ・・・)

翌日になり、3日目はもう、シフトを変えてもらってまで、その時間にあえてそこを通るように走りました。

自分でも何故だか分からないんですが、その時は絶対にそうしないといけない気がしたんです。

すると予想通り、全く同じシチュエーションで、女性をKセンター病院に送り届けたのです。

残念ながら4日目は会社の規定で乗務することができず、それっきり、その女性に出会うことはありませんでした。

それから半年経った今、あの時の女性が私の目の前にいて、こんな話をしてくれたんです。

実はあの「ひき逃げ事件」の看板の場所で被害にあったのは、今、目の前にいる女性で、すぐにKセンター病院に担ぎ込まれ、その後、集中治療室に運ばれ、3日間も生死の境を彷徨い、4日目になって漸く意識を取り戻したのだそうです。

その際、意識を失うたびに夢の中で事故現場に戻ってしまうので、そこからタクシーに乗ってKセンター病院に行き、何度も何度も懸命に自分の身体に戻ろうとしていたのだそうです。

営業所でその女性の話を聞いて、初めてゾワっと全身に鳥肌が立ちました。

その後は順調に回復し、リハビリを経て、ここまで回復したとのことでした。

そして、ひき逃げ犯の方はと言うと、元々ひき逃げをするようなクズですから、運転だって上手い訳がありません。

これも偶然なのですが、ひき逃げ事件から約1ヶ月後、私の乗るタクシーがあの事故現場の近くで信号待ちをしていたところに、軽く追突して来たことがきっかけで警察を呼んだところ、色々とボロが出て、逮捕されるに至ったのです。

向こうの世界に行きかけた女性を3回も連れ戻し、ひき逃げ犯が逮捕されるきっかけにもなった訳ですから、その時は何だかちょっと自分が誇らしい感じがしました。

あと、これを言うと、話が出来過ぎだとか、作り話だろうと言われるのですが、その女性は今、私の妻になり、幸せに暮らしています。

御礼に伺いました

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この怪談を書いた人

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