石川県 会社員 宍戸篤史(34)(仮名)
残業終わりのその日、間もなく迎える本格的な冬を前に、時折吹く冷たい風に身震いしながら、私は一人、しんと静まり返った駅のホームで電車を待っていました。
向かい側の下りホームには、私から見て右側に10人ほどの乗客がいました。
スマホの画面に目を落とし、電車の到着を待っていると、下りホームから、荒々しい男性の声と、それに混じって悲鳴のような女性の声が聞こえました。
私はケンカでも始まったのかと思い、声のする方へ目をやりました。
すると、大声で騒ぐ乗客から少し離れた、下りホームのちょうど中央あたりで、白っぽいコートを着た一人の女性がフラフラと、線路の方へ向かって歩いて行くのが見えました。
右往左往する乗客の向こう側には、ホームの直前まで電車が近付いて来ているのが見えます。
その電車が、この駅には止まらない急行電車であることは、そのスピードから容易に想像ができました。
運転士は恐らく、ホームをフラフラと歩く女性の、ただならぬ雰囲気を察したのでしょう。
「ファーーーーーーーーーン! ファッファーーーーーーーーーン!」
長い警笛がホームに響き渡りました。
その女性は、電車が走ってくるタイミングを見計らい、そのままうつ伏せに倒れるようにして、線路の中に身を投げました。
男性の怒鳴り声と女性の悲鳴を上書きするように
「キーーーーーーーーーッ!!」
と、けたたましいブレーキ音に紛れ、 「ドンッ!!」 と言う、低く鈍い音が聞こえました。
それは、一人の人間の尊い命が終わりを告げるには、あまりにも短く、寒々しい音でした。
その一部始終を呆然と見ていた私は、 「ガシャッ!!」 という線路に敷き詰められた石の音で我に返りました。
その音は、電車に跳ね飛ばされた女性の、腰の上から真っ二つに切断された上半身が、すぐそこに落ちた音でした。
女性の末路の全てを目撃してしまったのは、こちら側のホームにいる私一人だったと思います。
そして何より恐ろしかったのは、その後のことです。
上り線と下り線のちょうど中間に跳ね飛ばされたその女性の上半身は、死にきれなかったとでも思ったのか、こちら側の線路に向かって、手だけでペタペタペタペタッと素早く這って来たのです。
そして、女性が上り側の線路の上に首を置いたその瞬間、走って来た急行列車が、止まり切れずに通過して行きました。
あの時、私の方に顔を向け、安心したようにニヤッと笑った女性の表情は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
あれ以来、私は車で通勤するようになり、あの駅を使ったことは一度もありません。