ここからは話すことも、振り返ることも許されません。
本殿を背に立っていた私達は、神主さんに背中をポンッと叩かれたのを合図に、仄暗い街灯に照らし出された石の階段に向かって、2人でゆっくりと歩き始めました。
2人とも神主さんに言われたとおり、口に折った半紙を咥え、後ろを振り返らないよう気を付けながら、一段ずつ、石の階段を降りて行きます。
ヒロキは私の何段か先を、真っ直ぐ前を見据え、無言で歩いていました。
階段を降りながら、あんなところに行ってしまった自分の愚かさや、神主さんに随分と迷惑をかけてしまったことや、後日改めてお礼に来た方が良いのだろうかなど、考えれば考えるほど、先に立たない後悔が心の中に溢れました。
時折風に揺られる木々の音に驚き、思わず振り返ってしまいそうになることもありましたが、グッと我慢して、階下の鳥居を目指します。
歩みを進めると、初めは小さかった鳥居も次第に大きくなり、ついに眼前にそびえ立つかのように近付いて来ました。
私の少し前を歩くヒロキが、あと数段で鳥居をくぐろうかというその時です。
遠く後ろの方から神主さんの声で
「おーい! 2人とも、忘れ物! 忘れ物!」
と、走って追いかけて来る声がしました。
先程のド迫力の声とは打って変わり、別人のように穏やかな声です。
「何だろう?」
振り返ろうとしたその瞬間、私はハッと我に返りました。
神主さんの「何があっても絶対に振り向いてはいけません」と言う言葉を思い出したのです。
私はすぐに何段か前を歩くヒロキに向かって
「ヒロキ! 振り向くな!!」
と心の中で叫びながら手を振って静止しようとしましたが、間に合いませんでした。
ヒロキは後ろを向き、咥えていたはずの紙は地面に落ち、ポカンと口を開け、薄ら笑いを浮かべて、ボーっと宙を見つめています。
私は慌てて残りの階段を駆け下り、鳥居をくぐり抜けてから、恐る恐る振り返って見ると、小おどりでもするかのように、ふにゃりふにゃりと階段を登って行くヒロキの姿が見えました。
私は慌ててヒロキのところまで駆け寄り、
「ヒロキ! 帰るぞ、ホラ! こっち見ろ! しっかりしろ!」
と声をかけましたが、彼は正気に戻りません。
そうこうしていると、心配した本物の神主さんが階段の途中まで降りてきて、ヒロキの異変を察し、私に言いました。
「この子はしばらく、ウチで預かりましょう。君はもう、家に帰りなさい」
そう言ってヒロキの肩を抱きながら、階段を登り、神社へと消えていきました。
翌日、ヒロキのことが気になった私は仕事を休み、夜が明けてすぐに神社へ行きました。
するとヒロキは早朝にも関わらず、緑色の袴を履いて、境内を掃除していました。
ただ、私が声をかけても、私が誰だか分かっていない様子で、一心不乱に黙々と掃除を続けていました。
彼は半年たった今でも、あの神社で暮らしています。