埼玉県 会社員 Sさん(20代・男性)と友人の恐怖体験談
これは私が高校2年生の夏休み時の話です。
その日は昼過ぎから親友のFの家で、漫画やゲームなどで自堕落に時間を潰していたのですが、あまりの退屈さに2人ともついに限界を迎えました。
「なぁ、F。今日どっか行かねぇ?」
「そうだなぁ・・・」
その頃、近所にできたばかりのアミューズメント施設が物珍しく、Fと2人で毎日のように入り浸っていたのですが、すべてのアトラクションを何周かした頃には、すっかり飽きていました。
2人でしばらく押し黙って考えた結果、ちょうどお盆の前だったこともあり、同じクラスの女子2人を誘って、肝試しに行こうということになりました。
もちろん2人とも、主な目的は肝試しなんかではなく、女子2人を誘う方でしたが、そこはお互い悟られないよう、賢明に平静を装っていたものの、結局誰を誘うかという段になって、お互いの意中の女の子をカミングアウトする結果になり、お互いの好みに驚くやら気恥ずかしいやら・・・。
そんな青春の一コマはさておき、問題はその後でした。
いわゆる”一軍男子”なら、バイクでかっこよく女の子を乗せて目的地まで!となるところですが、私達はクラスでも冴えない”三軍”でしたので、バイクどころかまずは誘いに乗ってもらえるかどうかが第一関門でした。
どちらか一方だけしか誘いに乗ってくれなかった場合でも恨みっこはなしという、端から負け戦が前提の腰の引けた契約を取り交わし、いざ、ありったけの勇気を振り絞ってお互いの意中の女子にそれぞれ連絡すると、予想に反して、と言うのも何ですが、2人揃ってOKをもらい、まさに天にも昇るような、なんとも言えない浮かれた気分になったことを、今でも鮮明に覚えています。
普段はオシャレなど無頓着極まりない2人でしたが、友人の父親が使っているヘアワックスを髪に撫でつけ、約束の時間まで2時間以上前なのにも拘わらず、集合場所に指定した駅に自転車で乗り付け、ワクワクしながら女の子の到着を待ちました。
約束の時間の少し前、2人揃って歩いてきた意中のクラスメイトは、普段の見慣れた制服姿とは違って、見たこともない可愛い私服にうっすらメイクまでして、まるで天使のようでした。
私とFは緊張と興奮を悟られないよう、できるだけ平静を装っては見たものの、私は下がもつれて声も裏返り、Fは振り返りざまに歩道の柱に激突する失態を演じ、明らかにテンパっているのが丸わかりでしたが、それはそれで彼女たちも笑ってくれて、お互いの緊張を解くことになったのだと、前向きに考えるしかありませんでした。
まだ外は明るかったので、「ファミレスで少し時間を潰そう」ということにしました。
実はこれも作戦のうちです。
これから向かう「恐怖のお化けトンネル」について、そこがいかに恐ろしい場所であるか、女の子たちに説明する必要があったのです。
今考えればもう少し小洒落たネーミングもあったのでしょうが、所詮は三軍高校生の浅知恵です。
それでも私たちの話に、女子2人はことのほか食いついてくれて、作戦の第一弾は成功を収めたといって良いでしょう。
その後、日が沈んだ頃に電車に乗って、目的地へと向かいました。
実は、ファミレスで語った「恐怖のお化けトンネル」は、心霊スポットでもなんでもない、ただのトンネルです。
Fと予め口裏を合わせていただけで、女の子を怖がらせるための、下心丸出しで創作した作り話でした。
そこは以前、母が運転する車に乗って、買い物の道すがら1度だけ通ったときに、母がボソッと「このトンネル、何となく気味が悪いわ」と言っていたのを思い出し、肝試しの場所に選んだだけだったのです。
駅を降りてから20分ほど歩き、目的のトンネルに到着しました。
入り口から見たそのトンネルの佇まいは、本物の心霊スポットより怖いと言ってもいいくらい、とても不気味で、見ただけで怖気が立つような、独特の雰囲気を醸し出していました。
ファミレスでの作り話も効果テキメンでした。
女の子は2人とも異常な怖がりようです。
私達はそこが普通のトンネルだと知っていますから、何ともありません。
もしかしたら何か物音にでも驚いて「キャッ!」なんて言って、自分にしがみついてきてはくれないだろうか…
淡い期待と妄想は膨らみ続けます。
車道は私たちが歩く方向に向かって一方通行で、トンネルの左側には、1段高くなった歩道があり、その脇にはガードレールがあります。
入り口から半分ほど歩いたところで、前方に真っ黒な丸い出口が見えてきました。
私は
「あれが出口だな。思ったより短いトンネルだな。それにしても、随分真っ暗に見えるんだな」
と思いながら歩いていくと、突然後ろから来た車のクラクションが、けたたましく鳴りました。
「キャーーーーッ!!」
と叫んで、私の腕にしがみついて来たのは、女の子ではなく、残念ながらFでした。
「馬鹿野郎!どこ歩いてんだ!」
寸前のところで急停車した車の窓から、強面の運転手に一喝されて、皆で縮み上がりました。
気がつくと、4人とも歩道のガードレールを無意識に乗り越えて、いつの間にか車道のド真ん中を歩いていたのです。
慌ててガードレールを跨いで歩道に戻ってから気付いたのですが、真っ直ぐな見通しのいいトンネルで車が急ブレーキをかけて直前で停車したと言うことは、車が来るタイミングに合わせて、歩道を歩いていたはずの4人が一斉に車道に飛び出したと言うことになります。
もちろん、運転手さんが脇見運転をしていた可能性もありますが、狭いトンネルでよそ見をしながら車を走らせると言うのも不自然な気がしますし、第一、4人が車道を歩いていたことの説明にはなりません。
その時、Fが言いました。
「俺たち、出口に向かって歩いてたよな」
皆うなずきます。
「それ、真っ黒でまん丸じゃなかった? トンネルの出口って真ん丸じゃないよな」
そう言いながらFが指差した先にはトンネルの出口がありましたが、そこは下が平らな半円形です。
「じゃあ、俺たち、何に向かって歩いてたんだ?」
その瞬間、突然怖くなった4人は、一斉に踵を返し、猛ダッシュで元来た入口に戻りました。
今考えても不思議なのは、あの時、4人ともどうやって歩道からガードレールを乗り越えて車道に出たのか、ということです。
ガードレールを跨いだり、歩道から1段下がった車道に飛び降りたりした記憶が、全くないのです。
それに、私たちが出口だと思いこんで向かっていたあの真っ黒な丸は、一体何だったのでしょうか。
もしかしたらあれは、あの世から私たちをおびき寄せる、邪悪な闇だったのかも知れません。
ちなみに私もFも、その後あっさりフラれましたよ。