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床の記憶

床の記憶

富山県に住む50代の建築士Kさん(男性)の、身の毛もよだつ怖い話です。

ある日、私の設計事務所に、若いご夫婦がお見えになりました。

お話を伺うと、ご主人のご両親から相続した土地に、新居を構えたいとのこと。

土地代がかからないとは言え、若いご夫婦でしたので、限られた予算内での設計は、私にとって腕の見せ所になる仕事でした。

依頼主のAさんご夫婦は、ノスタルジックな雰囲気のある家をご希望でしたので、「ノスタルジック+モダン」をコンセプトに、設計が始まりました。

「この予算だとあまり高い部材は使えないし・・・ かと言ってあまりケチると雰囲気も出ないし・・・」

そんな折、たまたま私の耳に入ってきたのは、車で30分ほどの山中にある、築200年以上の旧家が取り壊しになるという情報でした。

私は取るものもとりあえず、早速現地へ行ってみました。

そこで見たのは、本当に立派な農家のお屋敷で、まさに200年の歴史に裏打ちされた、気品と風格が漂っていました。

「こんな家を取り壊すなんて・・・もったいない・・・」

中を見せてもらうと、手入れが行き届き、とても200年以上経っているとは思えないような状態でした。

「この家、まるごと、全部欲しい!!」

そう思いましたが、もちろんそんなことは不可能です。

現実から背けかけていた目を無理やりこちらの世界に引き戻し、まずはあのAさんご夫婦の物件に使えそうな材料がないかと、屋敷の片っ端から見て回りました。

最初に目に止まったのは、今時珍しい土間の台所横の、今で言うリビングに相当する部屋の床材でした。

黒光りする床板はナラ材で、長い年月をかけ、蜜蝋などで丁寧に手入れをしながら使い込んできたのでしょう。

今の素材では絶対に出せない、味のある雰囲気を醸し出しています。

これこそAさんご夫婦の求める「ノスタルジック」です。私はひと目で気に入りました。

「これをリビングの床・・・壁・・・いや、天井一面に貼ろう! とても雰囲気の良いリビングに仕上がるぞ!」

喜ぶAさんご夫婦の顔が目に浮かぶようでした。

他にもいくつか使えそうな材料を調達し、その日は意気揚々と事務所に戻りました。

その後も何度かAさんご夫婦と打ち合わせを重ね、無事設計図も完成し、工務店に建築をオーダーしました。

予定通り、あの古民家から調達した建材も、工務店でキレイに調整をしてもらい、まぁ、多少の紆余曲折はあったものの、8ヶ月後、ついに完成までこぎつけました。

物件の引き渡しの際、依頼主の喜ぶ顔こそ、まさに我々設計者の至福の時です。

Aさんご夫婦も気に入ってくれた様子で、その日家に帰った私は、美味しいビールを、いつもより少し多めに飲みました。

それから1週間ほど経ったある日のこと、Aさんの奥さんから電話がかかってきました。

「夜中、2階の寝室の床から、カリカリカリ・・・って音がして、2人とも気になって眠れないんです」

と言うことでした。

「家鳴り(やなり)かな?」

家鳴りというのは、建材同士の膨張・収縮率の違いが原因で、ピキピキ、パシパシといった音がなる、自然現象です。

特に新築直後は建材同士が馴染んでいない上に、今回は新しい材料と、古民家から流用した古い材料が混在していたため、少し強めに家鳴りが発生しているのかと想像しました。

そう言えば自分も子供の頃、家鳴りがするたびに、妖怪やお化けのたぐいがいるのではないかと思い、怖くて頭から布団をかぶって寝た経験がありました。

後日、Aさんご夫婦のたっての希望で、私はその音がするまで、2階の寝室の隣の部屋で、待機させてもらうことにしました。

夜も更け、12時をまわり、少しウトウトとしかけた時、「コンコン」と私が待機している部屋をノックする音が聞こえました。

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この怪談を書いた人

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