埼玉県 会社員 中山 大毅(36)(仮名)
それは私が中学2年生の夏休みのことでした。
自分で言うのもはばかられるのですが、その頃、反抗期真っ只中だった私は、地域でも悪名高い不良グループに属していました。
今思えば両親が離婚して、生活を支えるために懸命に働く母親が不在がちだったことの寂しさを、友人たちと一緒になって悪さをすることで、紛らわそうとしていたのかも知れません。
いつもの様に、真夜中過ぎに友人と街のはずれをふらふらと、あてもなく歩いている時、道の傍らにあるお地蔵さんが目につきました。
その頃、何にでもイラついていた私は、あろうことかそのお地蔵さんの頭を、持っていた金属バットで思いっきり叩いたのです。
お地蔵さんの頭は首の部分から折れて、ゴロゴロと鈍い音を立てながら、道路脇に転がりました。
それを見た友人は、さすがにやり過ぎだと思ったらしく、地面に落ちたお地蔵さんの頭を拾い上げ、元の身体の上に戻したのですが、私はそれすらも気に入らず、その頭を上下逆さまにして、お地蔵さんの身体の上に置き直しました。
その後、行く場所もやることも無くなった私は、深夜2時ごろ、家に帰りました。
母親が寝ている時間でしたので、そっと玄関から自宅に『侵入』して、浴室へと向かい、頭を洗い、次に顔を洗っている時、私はいつもと違う手のひらの感触に、言い知れぬ違和感と恐怖を感じました。
目の周りに付いた泡を洗い流して鏡で確認しようと思い、慌てて顔にシャワーをかけた瞬間、物凄い勢いで鼻の奥までお湯が入ってきて、猛烈にむせました。
尋常ではない咳込み方に、母親も目を覚まし、脱衣所から声をかけてきました。
「ダイキ!! どうしたの? 大丈夫?」
「なんでもねぇよ!!」
いつものように横柄に言い返した私は、曇って何も見えない正面の鏡を片手で拭ったその瞬間、思わず
「あっ!!」
っと大声をあげてしまいました。
鏡に映る自分の顔が、上下逆に付いていたのです!
慌てて風呂場を飛び出し、寝室に戻ろうとしていた母親の後ろ姿に向かって、
「かぁちゃん!! 顔が!! 俺の顔が!!」
と叫ぶと、母親が慌てて戻ってきて、私の両肩を掴んで言いました。
「何? 顔が? どうしたの?」
母親は、私の顔には何の異常もないと言うのです。
それでも、自分の手で顔を触った感触は、間違いなくおでこに口があり、鼻は逆さまで、両頬には目が付いています。
引き出しの中から手鏡を引っ張り出し、確認しましたが、やはり顔が逆さまに付いています。
パニックになって泣きじゃくる私を、母親は懸命になだめながら、私がおかしな薬を使ったのではないかと疑い、すぐに救急病院まで連れて行きました。
病院での薬物検査の結果はもちろん全て陰性で、それ以外にも様々な検査や診察をされた後、数日後に医者が無理やりつけた病名は、「顔面神経麻痺」ということでした。
その後、恐らくその原因となった行為について、さすがに隠してはおけないと思い、母親にだけ事の顚末を話し、首を折ったお地蔵さんを管理しているお寺まで、母親と一緒に謝りに行きました。
それからと言うもの、私は気味の悪い自分の顔と、おでこから飲み食いする様な奇妙な感覚を強いられることになりましたが、半年ほど経った後、その感覚が無くなってからも、以前の様な悪さをすることは一切なくなりました。