埼玉県 保育士 Fさん(20代・女性)の不思議な体験談
大学を卒業して念願の保育士になった私は、初めて勤務するその年、4歳児の担当になりました。
その保育園には教育熱心な理事長がいて、読み書きそろばんはできるだけ早く覚えた方が良いという方針で、4歳児クラスになると、ほぼ全員が簡単な計算をしたり、ひらがなを書いたりすることができました。
忙しくも充実した毎日を過ごす中、ほぼ毎月、何らかのイベントごとが開催されるので、職員はその準備等で大忙しです。
6月のてるてる坊主作りが終わると、次のイベントは七夕の短冊作りです。
4歳児クラスはハサミを使って紙を切ることもできますから、自分で好きな色の折り紙を切って短冊を作り、穴を開けて紐を通して、名前と願い事を書きます。
一心不乱に願い事を書く子もいれば、周りの子の願い事を覗き見てから書き始める子や、じっと宙を見つめてじっくり考えてから書き始める子など、それぞれ個性的で、見ているだけで癒されます。
中には拙い文字で「くじらになりたい」とか「ビールの泡になりたい」など、つい笑ってしまうような願い事もあれば、「戦隊ヒーローになりたい」や「お嫁さんになれますように」など、いかにも子供らしい願い事もあります。
漢字で「東大に入れますように」と書く強者もいましたが、おそらく保護者の方から、毎日のように言い聞かされているのでしょう。
園の玄関に飾られた大きな笹は、その枝がしなる程、色とりどりの短冊に書かれた子どもたちの願い事で溢れていました。
それから2週間ほど玄関に飾られた短冊は、園での子供達の様子について保護者の方とやりとりする「連絡ノート」の間に挟んで、親御さんに返すことになっています。
子供達に惜しまれつつ外された短冊は、夕方、皆がお昼寝をしている間に、1つ1つ名前を確認して、「連絡ノート」に挟んでいきました。
すると、名前の書かれていない短冊が、1枚余ってしまいました。
子供の文字ですから、4歳児クラスか、5歳児クラスのものに間違いないのですが、私のクラスの短冊は全員分「連絡ノート」に挟みましたし、5歳児クラスの担当に確認しても、短冊の持ち主は不明なままです。
それに、どちらのクラスにも、今日欠席の子はいなかったので、どうすればいいか、園長先生に相談してみることにしました。
「園長先生。誰のか分からない短冊が、1枚余ったんですけど、どうしましょう?」
鏡文字などもあり、クラスの中で一番難読な書体で書かれたその短冊は、それまでどうしても読めなかったのですが、園長先生に見せるときに改めて読んでみると、こう書かれているように思えました。
「みんなに ぼくが みえますように」
それを見た園長先生は、すかさずその短冊を手に取ると、無言で自分の机の引き出しの中にある、小さな箱に仕舞い込みました。
園長先生がその箱を開けた瞬間、カラフルな短冊が何枚か入っているのが見えましたが、そのことについて私はあえて、深く追及しませんでした。