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パレイドリア

パレイドリア

静岡県に住む50代の男性会社員Nさんの、少年時代の恐怖体験談です。

パレイドリア: Pareidolia)とは、心理現象の一種。視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべる現象を指す。パレイドリア現象パレイドリア効果ともいう。

一般的な例として、雲の形から動物、顔、何らかの物体を思い浮かべたり、月の模様から人やの姿が見えてきたり、録音した音楽を逆再生したり速く/遅く再生して隠されたメッセージが聞こえてきたり、というものがある。意識が明瞭な場合でも体験され、対象が実際は顔でなく雲だという認識は保たれる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

私が中学生になるまで住んでいた家は、とても古い一軒家でした。

その家に住んでいたのは両親と祖母、弟と私の5人家族で、寝るときは両親は寝室で、私と弟は祖母の部屋に置かれた2段ベッドで寝ていました。

私はその2段ベッドの上の段で寝ていたのですが、天井が近かったこともあり、天井のシミが人や動物に見えたりするのがちょっと怖かったので、よく頭から布団をかぶって寝ていました。

ただ、貧乏だった我が家にはエアコンもありませんでしたので、夏になると頭から布団を被って寝るわけにもいかず、天井のシミが目に入らないよう、できるだけうつ伏せで寝ていました。

それでも、「怖いもの見たさ」とはよく言ったもので、気になると余計に見てしまうものです。

天井のシミはいくつもあって、人の顔のようなものや、馬のような形をしたものもあり、その中でも一番怖かったのは、横を向いて走る10センチくらいの、今にも動き出しそうな人型のシミでした。

ある夏の夜のことです。

その日は殊更に暑くて、寝苦しい夜でした。

夜中の2時ごろだったでしょうか。天井から「パキッ!」という音が聞こえたので、恐る恐る目を開けると、横を向いて走る人型のシミが、少し盛り上がっているように見えました。

すると間も無く、平面だったそのシミがモリモリと盛り上がって、セミの幼虫の背中が割れて羽化する時のように、小さな黒い立体の「シミ人間」になったのです。

「シミ人間」は天井をヤモリのようにペタペタと這って、壁とタンスの側面を器用に伝って、畳の上に降り立ちました。

私は怖くなって、すぐにタオルケットを被り、恐怖に震えていたのですが、そこもまた「怖いもの見たさ」で、やっぱり畳の上の「シミ人間」を見てみようと思いました。

謎の「シミ人間」に気付かれないよう、そっと体を起こし、タオルケットの隙間から畳の上を覗き込むと、寝ている祖母の隣に真っ黒な「シミ人間」が立っていました。

常夜灯の灯りだけだったので、はっきりとは見えませんでしたが、そいつには目も鼻も口もなく、ぬるっとしたゼリーのような質感でした。

その後、ふらふらと歩いて、換気のために少し開けていた襖の隙間から部屋の外に出て行きました。

改めて確認すると、いつもあるはずの場所から、きれいに人型のシミが消えていました。

私はもう一度タオルケットを被って、祖母を起こそうかと逡巡しながら、しばらく恐怖に震えていましたが、いつの間にか眠ってしまいました。

翌日、目が覚めた時、あのシミを確認すると、何だか昨日より一回り大きくなっているような気がしましたが、そのことは家族の誰にも言いませんでした。

そしてまたその夜のことです。

ふと目覚めた私が見たのは、昨日同様、天井から羽化して出てきた「シミ人間」でした。

昨晩と同じように、平面から立体化すると、天井と壁を巧みに伝って畳の上に降り立ち、襖の隙間から部屋を抜け出して行きました。

「何をしてるんだろう」

興味を持った私は、思い切って「シミ人間」の後をつけてみることにしました。

下段で寝ている弟と祖母を起こさないよう、そっとベッドから降りて、自分が通れるギリギリの幅まで襖を開けて、廊下の先を覗くと、フラフラ、ペタペタと歩く「シミ人間」がいました。

どうやら「シミ人間」は脱衣所のドアの隙間から、風呂場に向かっていったようです。

怖さ半分、興味半分だった感情が、4対6か、3対7で、興味の方が上回りました。

そっと部屋を出て、脱衣所の前まで行き、息を殺して風呂場を覗くと、「シミ人間」はバスタブの淵に両手両足をかけて、首を長く伸ばして、先ほどまでなかったはずの口を大きく開けて、風呂の残り湯を美味しそうにガブガブ飲んでいました。

「気持ち悪りぃ・・・」

ゾッとしながらも、「シミ人間」に見つかってはいけないと思い、すぐに部屋に戻って、寝たふりを決め込んでいるうちに、朝まで寝てしまいました。

それから同じことが何日か続くと、少し寝不足になってきて、学校の授業中、居眠りをして先生に叱られたりもしましたが、「シミ人間」の観察だけは続けました。

一方で、天井のシミは、日に日に大きくなっていきました。

日曜日になり、今日こそは「シミ人間」が帰ってきて天井に戻る瞬間を見てやろうと思い、遊びにも行かず、普段はしない昼寝をたっぷりして、戦闘体制を整えました。

夜中になり、いつものように部屋を出て、風呂場に向かった「シミ人間」は、たっぷりと風呂の残り湯を飲んだ後、大きく膨らんだお腹を揺らしながら、まるで酔っ払いのような千鳥足で両手を広げてぐにゃぐにゃと踊るように戻ってきました。

部屋に戻ってきた「シミ人間」は、タプタプと揺れるお腹を邪魔そうにしながら、タンスの取手に手足をかけてよじ登り、壁と天井を這って、元のシミの位置まで来ると、天井に染み込むようにして、そのまま2次元のシミに戻りました。

翌日、ついに我慢ができなくなり、その話を両親にしたところ、見事に一笑に付されたのですが、祖母だけは私の話を信じてくれたようでした。

私が差し示した天井のシミは、ちょうど祖母がいつも寝ている場所の真上に位置していたので、祖母はそれを気味悪がって、その日の夜から布団を仏壇がある隅の方に寄せて寝ると言いました。

その日の夜のことです。

降り続いた大雨の影響で、寝室の天井の一部が建材と一緒にドサっと崩落しました。

私はその瞬間を目の当たりにしたのですが、天井の建材と一緒に、あの「シミ人間」が落ちてきて、慌てた様子で玄関の方に向かって走って逃げていったのです。

崩落したのは、前日までちょうど祖母が寝ていた真上で、「シミ人間」のいた場所でしたが、その晩は寝る位置をずらしていたおかげで直撃を免れました。

ぽっかりと空いた天井の穴は、頭と体と両手両足・・・まさに人の形をしていました。

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