俺じゃない!!

大阪府 会社員 清水 勝(29)(仮名)

今考えれば、全てが勘違いというか、若気の至りでした。

瀬戸内のド田舎から、一発当ててやろうと叶うはずもない夢を見て、都会のホストクラブの門を叩いたのは、今から10年ほど前のことでした。

後先考えず、家出同然で実家を飛び出してきた私は、お金もなく、もちろん住む場所もなく、しばらくの間ホームレス同然の暮らしをしていました。

そんな時、ダメ元で飛び込んだホストクラブで運良く採用が決まると、当時、その店のNo.2だったS先輩が私の窮状を聞き、S先輩の部屋を家具家電付きで貸してくれると言ってくれました。

いわゆる又貸しってやつですが、それなら敷金も礼金も、引越し費用もかからない上に、家賃もタダ同然にしてくれるというのです。

若かった私は、天にも舞い上がるような気持ちで、その条件に何の疑念も抱くことがないまま、S先輩のご厚意に甘えることにしました。

S先輩からは「狭〜いマンションやで」と聞いていたのですが・・・ 田舎者の私には、見たことも無いような高級マンションで、広々を通り越して、逆に居場所に困るほど広く、豪華な部屋でした。

その上、家具やベッド、テレビなどはもちろん、置いてあるちょっとした小物に至るまで、さすがは一流店でNo.2まで成り上がったS先輩らしく、どれをとっても高価そうなものばかりです。

部屋を借りる際の唯一の条件は、「ベランダ側のカーテンは絶対に開けないこと」だけで、それ以外は何を使っても良いと言ってくれましたので、何の問題もありません。

雑誌の記事の中で見るだけだった憧れのセレブ生活が、何の苦労もなく、あっという間に自分の手に転がり込んできたのです。

そりゃ勘違いもしますわな。

偽セレブ生活が3週間ほど経過した、ある日の昼下がりのことでした。

フカフカのベッドから這い出して、昨日の深酒の洗礼と戦いながら洗面所まで行こうとした時です。

いつもベッドの脇に置いてある、愛用の高級スリッパを履くと、グチャッと言う音がして、水が溢れ出てきました。

「げっ! なんじゃこりゃ!!」

今朝までの記憶がほとんどなかったので、おおかた酔って帰って自分で濡らしたのだろうと思いました。

実は、この部屋で暮らし始めてからと言うもの、それ以外にも、自分の記憶にはない、妙な現象が度々起こっていました。

使ったこともないまな板に包丁が突き刺さっていたり、靴箱の中の靴が全部逆さまに揃えてあったり、先輩に内緒で泊まりにきた彼女の歯ブラシが真っ二つに折れて、洗面所に転がっていたり・・・

ほぼ毎日、数え上げればキリがないほどでしたが、それは全部、酔って帰ってきた自分の仕業だろう、くらいにしか考えていませんでした。

ビショビショのスリッパをつまんでベランダまで持って行き、手で絞って干そうと思った時、部屋を借りる唯一の条件である「ベランダ側のカーテンは絶対に開けないこと」と言う約束を、うっかり破ってしまったことに気付きました。

「まぁ、バレりゃしないだろう。 それよりこんなに見晴らしが良いのにカーテン開けないなんて、もったいないな」

眼下に広がる町並みを、遮るものが何もない地上30階から見下ろしながら、日当たりの良いベランダで大きく深呼吸したその瞬間、何だかゾクッとする寒気に襲われました。

嫌な気配は、どうやらベランダの真下から湧き上がってくるように感じました。

目の眩むような高さに、ベランダの手すりの部分を両手でしっかり掴んで、恐る恐る下を覗いてみると、1軒の赤い屋根のアパートが目に入りました。

更に目を凝らしてみると、そのアパートの窓から、豆粒のように小さな、でも間違いなく人・・・ 女性の顔が、じっとこちらを睨み返してくるのが見えました。

赤い服を着たその女性の周りには、100メートル離れたこの場所から見ても、真っ黒な煙のようなものがまとわりついていて、髪はボサボサで、尋常ではない雰囲気がビシビシと伝わってきました。

あまりの不気味さに、すぐに顔を引っ込め、部屋の中に戻ろうとした時です。

分厚い遮光カーテンの裏側に、何枚もの御札が貼られているのを見てしまいました。

その日2回目の「げっ! なんじゃこりゃ!!」の後、慌てて部屋の中に入り、カーテンを閉めました。

「何か・・・ あまり良くないことが起き始めている気がする・・・」

そんな事を考えながら急いで身支度を整え、出勤のために部屋を出ました。