滋賀県 会社員 Sさん(50代・男性)の恐怖体験談
私が小学生だった頃、たった1週間だけ「影送り」という遊びが流行りました。
影送りとは、良く晴れた日に、できるだけ何もない平らな地面に映った自分の影を10秒ほど凝視して、それからすぐに視線を上げると、自分の影が空中に投影される現象のことで、いわゆる残像の一種です。
たしか、理科か国語の授業で習ったのか、誰かが本で読んだのだったか、そんなことがきっかけだったと思います。
ある晴れた日の放課後、私たちはその不思議な現象の虜となっていました。
その現象に心を鷲掴みにされた私たちは、何度も何度も、飽きることなく、それを楽しみました。
今思えば、当時はゲームや魅力的なコンテンツなどなかった時代ですし、田舎の学校に通う私たちとしては、そんな自然現象を相手に遊ぶしかなかったのでしょう。
おかしなポーズを取ったり、上手くいけば数人の友達と並んで影送りすると、自分の影と一緒に、友達の姿も空に映ります。
それを見たYくんが、私たちのところに来て言いました。
「それ、オレもいっしょにやらせてーや!」
「よっしゃ!やろやろ!」
「5人でできたら新記録やな!」
誰かが自然にカウントダウンを始めます。
「10、9、8、7・・・」
皆ワクワクしながらも、視線はその瞬間を絶対に逃すまいとして、集中して自分たちの影を凝視しています。
「・・・3、2、1・・・今や!!」
一斉に空を見た瞬間、私たちは凍りつきました。
中央にいたY君の影だけが、他の友達の影を置き去りにして、空の彼方に向かって走り去っていったのです!!!
私だけの見間違いでないことは、他の友達の表情で理解できました。
皆でしばらく呆然と空を見上げたり、隣の友達と無言で顔を見合わせたりしている中、Y君が引きつった不自然な笑顔で、その静寂を破りました。
「な・・・なんや、おもろいことになったなぁ・・・ははは・・・」
私たちはその後、なんとなくいたたまれないような気分になり、それぞれ帰路につきました。
不思議な気持ちを抱えながらも、そこは子供です。
翌日から、晴れた日の昼休みはもちろん、学校の行き帰りにも立ち止まって影送りで遊びましたが、やはりY君だけは、この遊びに2度と参加することはありませんでした。
それから1週間ほど経ったある日のこと。
教壇で目を真っ赤に泣き腫らした担任の先生から、Y君が事故で亡くなったという知らせを受けました。
影送りのあの一件が関係したかどうかは分かりませんが、その後、だれも影送りで遊ばなくなりました。
Y君はあの時の影のように、本当に空へと昇っていってしまったのでしょうか。
あの時、空に向かって走り去ったY君の影は、40年以上経った今でも脳裏に鮮明に残っています。