静岡県 主婦 遠藤美里(31)
2歳になったばかりの娘は、覚束ない足取りながらも少し走れるようになり、外遊びが楽しくて仕方がない年頃でした。
それに最近では語彙も多くなり、私の言葉やテレビで見聞きしたセリフを真似するようになりました。
いわゆるかわいい盛りの娘と、そんな小さな幸せを噛み締めながらの生活を送っていたある日のことです。
テレビのニュースで、桜前線が次第に北上してきて、関西方面では「桜が満開だ」というニュースが流れていたのを聞いた娘が
「ママ! シャクラがマンタイよ!!」
と教えてくれたので、翌日、近所の公園にお散歩がてら、桜を見に行くことにしました。
歩いて10分ほどの場所にあるその公園は、花鳥風月からそれぞれの季節の息吹が感じられ、娘も私も大好きな場所です。
また、近隣では有名な桜の名所で、午後の日差しの暖かさに誘われたのか、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていました。
その公園は地元の人しか知らない穴場的なお花見スポットで、昼間はとても気持ちが良い場所なのですが、なぜか夜になるとその雰囲気は一変します。
そもそもこれだけたくさんの桜があるのですから、禁止されていないのならシートでも敷いて、みんなで酒宴でも楽しみたくなるはずなのに、何故か夕方を過ぎたあたりから、ほとんど人が寄り付かなくなってしまうのです。
その公園に関しては、戦時中に軍関係の施設があり、人体実験で大勢の民間人が虐殺されたとか、空襲で多くの人が亡くなった場所だとか・・・ 様々な噂がありました。
ただ、私もネットで得た程度の知識なので、真偽は不明ですが、そんな噂が出るのも納得できるほど、夜のその公園には昼間とは真逆の、陰気で近寄りがたい雰囲気がありました。
娘とその公園に到着したのは、お昼前でした。
その日は穏やかな日差しの暖かさに誘われたのか、桜の開花も進んだようで、もうほとんど満開のように見えました。
桜に向かって、妙に嬉しそうに手を振りながら見上げる娘に、私が
「きれいねマイちゃん!桜が満開だね!」
と言うと、娘は
「うん! マンタイ! ほら! オカオマンタイ! オカオがマンタイ!!」
と言って、桜の木を指差しました。
「マイちゃん。 『オカオ』ってなあに? サクラのこと?」
すると娘は頭を振って、懸命に桜の木を指差しながら言いました。
「ちわう! ちわうの! お・か・お! ”お顔”がマンタイなの!! みんなこっち見てるね!!」
というのです。
その時、私は全身が怖気立つ思いがしました。
娘は以前から時々、なにもない空中を見つめて、手を振って微笑んだり、散歩中に突然怖がって、私の後ろに身を隠すといったことがありました。
そんな娘の振る舞いの度に、この子には普通の人には見えない何かが見えているのではないか、と思うことがありましたが、そう思うと私まで怖くなるので、その思いはその都度、私の心の中にしまっていたのです。
その日、公園で桜を見上げる娘には、桜の木に咲いた無数の「お顔」が、満開に見えていたのかもしれません。