東京都 配達員 Hさん(30代・男性)の怖い話
ご存知ですか?
「無物強請」と書いて「ないものねだり」と読むのだそうです。
その頃、私が欲しかったのは、とにかく「お金」でした。
その当時の月収は、ウーバーで目一杯働いて、約40万円。
決して悪い稼ぎではありませんでしたが、私の理想からは少し開きがありました。
何か他に、もっと楽に稼げる方法はないか・・・
いわゆる闇バイト系の仕事に手を出すほどおバカさんでもなかった私が、熟考を重ねてたどり着いた答えは、ユーチューバーになることでした。
幼少の頃から心霊写真や心霊番組が好きだったので、二番煎じ感は否めないものの、いわゆる心霊スポットを巡っては動画のアップを繰り返しました。
現場に行くたびに毎回思っていましたよ。
「幽霊さん!お願いですから動画に写ってください!写真に写ってください!ギャラ出しますから!」ってね。
でも、どこに行っても、どんなに頑張っても、幽霊の姿が映ることなど、これっぽっちもありませんでした。
それでも、しつこさだけには自信がある私は、ある日ふとひらめいたのです。
「霊感のような特殊能力があれば、きっと儲かるはずだし、少しは人の役に立てることがあるかも知れないぞ!」
そこで、「目的のためには手段を選ばず!」ってことで、霊感を「買う」ことにしたんです。
「お坊さんがやるような修行とかすれば、霊感、身につくんじゃね?」
そう思ってネットで調べると、東京と隣県の県境にある山の中で、滝に打たれる修行体験ができることを知りました。
ただし、それを思い付いた時は真冬だったので、もう少し暖かくなってからにしようと思い、さらに、梅雨時の水量が多い時期も避け、8月になってから、3泊4日の体験修行に申し込みました。
体験者は私を含め、男女合わせて16名。意外と多いことに驚きました。
初顔合わせの自己紹介で、「この修行を通じて、霊能力を身につけて、霊が視えるようになりたいんです」というと、みんな少し引いているのが分かりました。
怖そうな住職さんは、私の言葉に半ば呆れたような表情を浮かべましたが、私は霊感さえ持って帰れれば良いので、そんなことではへこたれません。
その後、早速修行が始まったのですが、真夏だというのに氷水のような冷たい滝行に、危うく心が折れそうになりました。
それでも明確な目的を持って参加した私は、掃除に写経、座禅など、全ての修行において誰よりも真面目に取り組みました。
そして、修行3日目の夜のことです。
明日の昼には修行が終わり、この寺を出て山を降りるわけですが、その時点で霊感が身についたという実感は、残念ながら全くありませんでした。
「あんなに頑張ったのに・・・意味なかったのかな・・・」
そんなことを考えながら、その夜なかなか寝付けなかった私は、お堂の脇の縁側に腰をかけてぼんやりしていると、廊下の向こうから住職さんが歩いてきました。
私は慌てて、持っていたスマホをポケットに隠しました。
本来、修行中の撮影はもちろん、スマホの使用自体、完全に禁止されていたのです。
体験者は全員、スマホをお寺に預けるか、最低でも電源を切ったままの状態で参加しなければいけないルールです。
すると、住職さんが私に向かって手招きをするので、とりあえずついて行ってみました。
「携帯使ってるの、バレたかな・・・」
そんな心配をよそに、住職さんと一緒に向かった先は、境内の奥にある、立派なお堂でした。
この体験修行の前にネットで調べたところによると、そこには全国から送られたり持ち込まれたりする、曰く付きの品々がたくさん保管されているらしいのです。
住職さんが頑丈な鉄の扉を開け、お堂の地下に繋がる階段を降り切ったそこには、まるで図書館の書架のように天井まで伸びる棚が並び、見渡す限りの人形や絵、調度品などが、所狭しと並んでいました。
常夜灯よりさらに暗い薄明かりの中、何かにぶつかったりつまづいたりしながら住職さんについて行くと、棚の角を曲がったところに突然人が立っていたので、思わず悲鳴を上げてひっくり返りそうになったのをグッと堪えました。
一瞬ビビったのを住職さんに悟られたくなかったので、取り繕うために何か言わなくちゃと思って口を衝いて出たのは、
「あのう・・・せっかくなんで、動画撮っても良いですか?」
という言葉でした。
「やべっ!さすがに叱られるかも・・・」
うっかり口を滑らせてしまった私の心配とは裏腹に、特にダメだとも言われなかったので、スマホをポケットから取り出し、お堂の中を撮影して回りました。
使用禁止とされて丸3日以上充電できなかったスマホのバッテリーは、残量があと4パーセントしかありません。
冷静になってあたりを見回すと、何人かウロウロと歩いている人がいました。
特定の人形の髪をずっと撫でている女性や、安置してある品々を1点1点、物珍しそうにまじまじと見つめて回る中学生らしき少年など、画角に入ってしまう人が何人かいましたが、後でモザイクをかければ問題ないと思い、歩きながら動画の撮影を続けました。
すると、撮影開始からわずか5分ほどでバッテリーが切れ、残念ながらその時点で撮影は終了となりました。
それでも私は「めったに入れるところじゃないし、かなり雰囲気あるから、この動画をアップすればバズるかもしれない!」と、嬉しくて小躍りしました。
翌日、修行が終わり、寺を出て住職さんの運転する車で駅へと向かいましたが、昨晩撮った動画を1秒でも早く見たくて、近くの喫茶店に入って充電しながら再生してみました。
すると、お堂の中の棚に置かれた調度品などは映っていたものの、映り込んでいるはずの人形を愛でる若い女性や、ちょこまかと動き回る中学生の姿がありません。
動画はただ漫然と、お堂の中をぐるりと一周する少し手前で、プツッと途切れていました。
動画が終わってスマホの画面が真っ黒になった時、その中央に映る私の両肩のすぐ後ろに、お堂で見た若い女性と男子中学生の顔があるのを見た私は、すぐにタクシーでお寺に戻り、住職さんに事情を説明して、厄払いの祈祷をしてもらいました。
その際、住職さんに、そもそも仏教では霊の存在を否定していて、私が求めていた「霊感を身につけて霊が見えるようになりたい」という考えはあり得ないことなのだと教えられました。
住職さんに改めて駅まで送っていただく車内で言われました。
「人にはない特殊な能力というものはね、Hさん。その人が日々休みなく精一杯努力して精進を重ね続けてね、その人の器からこぼれ出た分だけが、そこにつながるんです。世のため人のため、自分のためにも欲はかかず、地道に精進しなさい」
そう諭された私が、駅に到着して車外に出たところで、助手席側の窓が開き、住職さんにもう一言いわれました。
「それと昨晩、私がHさんをお堂に連れて行ったというけれどね、私はそんなことしていませんよ」
走り去る住職さんの車を見送っている時、私は改めて全身が粟立つ感覚に襲われました。
途中、お店や停車中の車の窓ガラスに自分の姿が映るたび、立ち止まってあの二人が付いて来ていないか確認していると、「なぜ車の中を覗いたのか」とコワモテのお兄さんが車内から出てきたので、全速力で走って家まで逃げ帰りました。
帰ってからアップした動画の再生回数は、3ヶ月で500回。高評価が3件。登録者数はプラス1名ということは、きっと面白くないってことですよね。
確かに「生まれて初めて幽霊を見て、一瞬取り憑かれた俺!証拠なし!!」って動画なんて、回る訳ないですもんね・・・
その後、私は「無物強請(ないものねだり)」は止めて、今は地道に働いています。