死番

死番

静岡県 会社員 菊池美和(21)(仮名)

私が小6の夏休みに、両親と小3の弟との家族4人で、県内のとある海水浴場に泊まりがけで行った時の話です。

この海水浴場は地元の人にしか知られていない穴場的な場所で、海水浴シーズンでも人が少なく、私たち家族は毎年通っていました。

その年、夏休みの宿題もほとんど終わらせ、開放感でかなりハイテンションだった私は、泳ぎの苦手な弟を半ば強引に浮き輪に掴まらせて、少し沖の方まで引っ張って泳いで行きました。

弟は終始怖がり、浜に帰りたがっていましたが、私はゴーグルをつけて海中の魚を観察するのに夢中でした。

泳ぎ始めて10分ほど経った頃、弟も少し慣れてきた(というより諦めた)ようなので、私は浮き輪から手を離して、1〜2メートルほど離れたところで泳いでいました。

その時、とても大きくて綺麗な魚を見つけた私は、弟に向かってそのことを伝えようと顔を上げました。するとその瞬間、突然、弟が浮き輪からスポッと抜けて、海の中に沈んだのが見えたのです。

私は慌てて海に顔をつけて、弟の姿を探しました。

幸い、海の透明度も良く、少し泳げば手が届く位置で、バンザイをしながら足をバタつかせ、水面に向かって上がろうともがいている弟が見えました。

私はすぐに右手で浮き輪を掴み、左手で弟の手首を持って引き上げようとしました。

その時です。一瞬、ほんの一瞬でしたが、木の枝のような不気味に長く伸びた指が、弟の足首を掴んでいるのが見えたのです。

「いや!離して!」

私は心の中で叫びながら、慌てて弟を引き上げ、浮き輪に捕まらせて、全力で岸に向かって泳ぎました。

私に脇を支えられ、泣きながら海から上がってきた弟を見て、異変を察知した母がすぐに駆け寄ってきました。

弟の足首には赤茶色い藻が絡まり、それをズルズルと引きずりながら歩いていました。

母は泣きじゃくる弟をなだめながら、足首に何重にも絡まった藻を、忌々しそうにちぎっては投げ捨てていました。

私は嫌がる弟を沖に連れて行ったことを後悔しながら、あの時見たあの気味の悪い指は、きっとこの絡んだ藻の見間違えだと自分に言い聞かせようとしましたが、弟の足首についた擦り傷は、まるで誰かに掴まれた手形のようにも見えました。

その夜、泊まった旅館は雰囲気も良く、夕食も豪華で、私が来年度から通う中学校の話や、何度も聞かされたことのある姉弟の幼い頃の話で盛り上がり、昼間、弟が溺れそうになったことなど、皆すっかり忘れていました。

就寝時間になり、私と弟が部屋のどこに寝るかで一悶着ありましたが、結局部屋の一番奥に私が、次に母、父、弟の順番で、川の字に寝ることになりました。

その日の真夜中のことです。

私は足に何かが触れたような気がして、ふと目を覚ましました。

弟は信じられないくらい寝相が悪いので、もしかして、部屋の一番手前から私がいるところまで転がってきたのではないかと思い、目を閉じたまま少し足を伸ばして弟を蹴ってやろうとしましたが、足には何も当たりません。

気のせいだったのかなと思い、あらためて寝ようとした瞬間です。今度は誰かが間違いなく、ものすごい力で私の足首を掴んで引っ張ったのです。

私はその時、掴まれた感触だけで、昼間に海の中で弟の足を引っ張ったヤツだ!と直感しました。

あまりの力の強さと恐怖で、私は声も出せないまま、反射的に上半身だけ飛び起きました。

引っ張られた足の方向には床の間があり、私はしばらくの間そちらに向かってじっと目を凝らしましたが、そこには誰もいません。

私は怖さで震えながら、とにかく母を起こそうと思い、真っ暗な床の間を見据えたまま、右手を横に伸ばしましたが、なぜか母に触れられないのです。

ふと母の方を見て、驚きました。私は寝ていた場所から、引っ張られた足の方向に、1メートルほどずれて座っていたのです。

ますます怖くなって、慌てて母の所に行こうと体をひねった時、私はさらに信じられないものを見ました。

元の位置で寝ている自分の姿です。

私は一体何がどうなっているのか、全く分かりませんでしたが、今起きていることは絶対に夢ではない、ということだけは分かっていました。

私は咄嗟に「戻らなきゃ。戻らなきゃ。」と、寝ている自分の方に四つん這いで戻ろうとしましたが、急にドスンと体が重くなり、ズブズブと畳の中へと飲み込まれて行くような感覚に陥り、そのまま気を失ってしまいました。

翌朝、私は何事もなく、布団の上で目が覚めました。

もちろん楽しい家族旅行の最中に、誰にもこの話はできませんでした。

それからしばらくして、近所に住む祖母に聞いた話ですが、静岡県のある地方では、山や海、鉄道などで人が死んだ場所へ行くと、死神に取り憑かれるという言い伝えがあるそうです。

そういう場所には死番(しにばん)があり、そこで亡くなった人は次の死者が出るまで、どんなに供養されても浮かばれず、たまたま次にその場所に来た人に、死の順番が回ってくるのです。

その話を聞いて、私はあの時の体験を重ね合わせずにはいられませんでした。

あの海水浴場の死番は、最初に弟を狙い、次に私を狙ったのでしょうか。

もしそうだとすると、それに失敗した今、死番はあの海水浴場で、次の魂を狙っているのかもしれません。

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