最終日前日の、7日目の夜になりました。
連日の疲れもありましたが、あまりの気味の悪さに嫌気が指していたので、
「寝なければ夢も見ないし、明日は午前中で教習も終わるし、1日くらい平気だろう」
と思い、この日は徹夜することにしました。
ベッドの上でスマホをいじりながら時間を持て余していると、どこからか
「カリッ・・・カリカリッ・・・」
っという音が聞こえてきました。
耳を澄ましてその音の発生源を探ると、どうやらクローゼットの中から聞こえてくるようです。
近付いてさらに耳を澄ますと、クローゼットの折りたたみ式のドアを、内側から爪で引っ掻いているような感じがしました。
ちょっと気味が悪かったのですが、徹夜までしているのだから、この音の発生源を突き止めようと思い、意を決してガバっとクローゼットを開けてみました。
そこには・・・何もありませんでした。
「おかしいな・・・ でも、確かにここから音が聞こえたはず・・・」
その時、ふと「クローゼットのドアの内側を引っ掻くような音がしたな」と思った私は、クローゼットの中に入り、折りたたまれたドアを締めて確認しました。
クローゼットの中は薄暗く、隙間から入ってくる光が逆光になり、目が慣れるのに少し時間がかかりましたが、その後目に飛び込んできたのは、想像を絶する異様な光景でした。
ドアの内側の、ちょうど折りたたまれる蝶番の部分に、おそらくあの御札が貼ってあったと思われる痕跡が、上から下まで一列に並んでいたのです。
「何だこりゃ! 気持ち悪ぅ〜!!」
全身に鳥肌を立てながら、足元に目をやった時、私はもっと信じられないものを見ました。
私の足元で、白装束を着て正座をした女性が、最後に一枚だけ残っていた御札を、一心不乱に長い爪でカリカリと引っ掻いて、剥がそうとしていたのです!
真っ暗なクローゼットの隙間から入り込む、幾筋かの逆光に浮かび上がるその女の風体は、一見して「この世の者ではない」という悲壮感と重厚感と、迫力に満ち溢れていました。
その女は、おそらく私の足が邪魔だったのでしょう。
ツヤのない、白髪交じりの乾いた長い髪の間から覗く血走った目で、私の足元から顔にかけて、ゆっくりと私を見上げました。
私は叫び声を上げながら外に転がり出るまでの数十秒、この狭いクローゼットの中にあの女と一緒に入っていたのかと思うと、もう怖くてその部屋には居られません。
すぐに部屋を飛び出し、その後は夜が明けるまで、合宿所の薄暗いロビーで一人膝を抱え、震えていました。
翌朝、ロビーのソファの上で眠っているところを、合宿所のスタッフに起こされました。
何故こんなところで寝ているのかと聞かれた私が「実は・・・」と話しかけた途端、
「あ、もしかして、104号室?」
と聞き返され、「そうです」と答えると、そのスタッフは
「あぁ、やっぱりね。 でも今日退所日だよね? もう大丈夫だから」
と、さも当たり前のような口調で、その場を去っていきました。
その後、恐る恐る部屋に戻り、クローゼットの中のものを慌てて引っ張り出し、すべての教習を修了してから、合宿所を後にしました。
私には今、気になることがあります。
もし、日程が1日長かったら、あの女は、全ての御札を剥がしきっていたのでしょうか?
もし、全ての御札を剥がしきっていたら、その後、あの女はどうするつもりだったのでしょうか?
そして、あのクローゼットの中の最後の1枚は、まだ貼られているのでしょうか?
もしかして・・・ 私の手に握られていた御札も、合宿所のスタッフが回収して、今頃また元通りに貼り直しているのではないでしょうか?
何よりも・・・ 次にあの部屋を使う人は、一体誰なのでしょうか?