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乗れないエレベーター

乗れないエレベーター

東京都 会社員 N.Mさん(31歳・男性)の背筋も凍る怖い話

「はぁ・・・またかよ・・・」

私が住むマンションのエレベーターは、雨の日に限って調子が悪いのです。

築30年のこのマンションに越してきたのは、去年の春のことでした。

以前は会社まで片道1時間近くかけて通勤していたのですが、毎朝のラッシュと往復の2時間が無駄に思え、会社近くの都心に住むことに決めたのです。

予算的には新築・駅近という訳にはいきませんでしたが、このマンションは地下に駐車場もあり、間取りや収納など、古いながらも理想的な条件が揃っていました。

さらに、このマンションの裏手にはお寺があり、建物の壁を隔てた向こう側には古びた墓地があるという理由で、近隣の家賃相場よりも格安でした。そもそも私の部屋は墓地とは反対側でしたので、そのことはむしろラッキーな感じさえしていました。

ある日、帰宅した時のことです。

その日は朝から一日中雨でした。

駅からマンションまでは徒歩15分ほどかかるため、雨の日の通勤は車を使うのが習慣で、その日の夜も車で仕事から帰ってきて、駐車場のある地下1階でエレベーターを待っていました。

<B1>のランプが点き、ドアが開くと一人でエレベーターに乗り、私が住む5階のボタンを押しました。

「はぁ・・・またかよ・・・」と思ったのはその時です。

エレベーターには私一人しか乗っていないのに、なぜか「定員オーバー」の警告が出るのです。

そんな時は仕方がないので、一旦エレベーターを降りるのですが、すると誰も乗せていないエレベーターは、最上階の12階まで行ってから、また地下1階まで降りてくるのです。

「古いマンションだし、雨が降ると機械の調子も悪くなるのかな?」

そんなことを考えながら、その日はなんとなく停止階のランプの行方をボンヤリ眺めてたのですが、どうもエレベーターの動きがおかしいことに気付きました。

B1、1F、2F、3F、4F、5F、6F、7F・・・

エレベーターはボタンを押したはずの5階には止まらず、上階へと上がって行きます。

そのままランプを見続けていると、

9F、10F、11F、12F・・・・・・

最上階の12階まで上がった後、停止階を示すランプが全部消えてしまったのです。

おかしいな、と思いながらカチャカチャとエレベーターのボタンを連打していると、しばらくしてようやくランプが点き始めました。

・・・12F、11F、10F、9F・・・

私はこの挙動不審なランプの点滅を見ながら、少し前に、エレベーターの故障で事故があったというニュースを思い出し、乗るのが少し怖くなりました。

「これ、絶対調子悪いな。明日、管理人さんにに言わないとな。」

あまり乗りたくはありませんでしたが、かといって歩いて階段を登る気力もないので、戻ってきたエレベーターに恐る恐る乗り、結局は何事もなく5階に到着しました。

それから何日かして、仕事終わりで会社の同僚と飲み会があり、終電を逃した後輩2人が家に泊まりに来ることになった日のことです。

帰り際、急に雨が降ってきたので、3人でタクシーで帰ることになりました。

マンションの1階には車寄せがないので、運転手さんにお願いして、地下1階の駐車場にタクシーを回してもらいました。

後輩2人を先に降ろし、支払いを済ませた私がタクシーを降りた時、後輩の一人が予想だにしない一言をつぶやきました。

「・・・先輩・・・俺・・・また今度にします・・・」

正直、タクシー代のお礼の言葉を期待していた私はあっけにとられ、もう一人の後輩と2人で顔を見合わせていると、

「・・・俺・・・あれ・・・乗れないっす・・・」

と言ってうつむいたまま、駐車場の奥のエレベーターを指差したのです。

もう一人の後輩が、気を遣ってくれたのでしょう、赤い顔をさらに赤くして言いました。

「何言ってんだバカ。タクシー代まで出してもらって、先輩に失礼だろ。さあ、行くぞ。」

そう言って彼の腕を引っ張ったのですが、彼は頑としてその場を動こうとしません。

そこでエレベーターに乗れないという理由を聞くと、青ざめた顔でうつむいたまま、

「先輩、俺、ちょっと霊感っていうか、見えるんですよ。」

そう言ってゆっくりとエレベーターの対面の壁を指差し、さらに続けました。

「あそこ、あの壁の向こう、何がありますか?」

私がそこがお寺の墓地だと話すと、後輩はさらに、ボソボソと話し続けました。

「壁の向こうにはたくさんの人がいて、人って言ってもその・・・生きてる人じゃないんですけど、それがあのエレベーター使って、上の方に上がっていくんですよ。」

「ちょっと待て、上ってどこだよ。何階だよ。」

「このマンションの中じゃないです。屋上よりもずっとずーっと上です。その先にはこの世じゃない、別の世界があって、そこに行くのに皆んな、ここをこう通って、あのエレベーターを使って上がっていくんですよ。ここ、通り道なんですよ。」

その話を聞いた時、私には心当たりがありました。

あの時のエレベーターの不思議な動きは、そういうことだったんだと、妙に納得しました。

そのあと、酔っ払った体に鞭打って、3人で階段を使って私の部屋まで行くと、霊感があるという後輩は床に座るなり、すぐに眠ってしまいました。

もう一人の後輩は、酔っていたとはいえ私に失礼だと言って彼を責めましたが、所詮は酔っ払いです。ビール1本であっけなく眠ってしまいました。

翌日は後輩2人とも、昨日の記憶がほとんどないそうで、霊感があると言っていた後輩も、昨日の話は何も覚えていない様子でした。

その後は特に、変わったことはありませんが、私には一つ、気がかりなことがあります。

もし、雨の日に「定員オーバー」の警報を無視して、エレベーターにそのまま乗り続けていたら、一体私はどこに連れて行かれたのでしょうか?

私は今でもそのマンションに住んでいますが、それを試す勇気はありません。

むしろ雨の日は出来るだけ、地下1階からエレベーターを使わないように気をつけています。

乗れないエレベーター

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この怪談を書いた人

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