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裏バイト

裏バイト

東京都 アルバイト Aさん(20代・男性)の死ぬほど怖かった話

その当時はとにかくお金が必要で、悪いこととは知りながら、いわゆる「裏バイト」に手を染めてしまった時の話です。

今では少し古い手法となりましたが、まず初めに、年寄りの家を狙って「老人ホームの入居権が当たった」と電話をします。

その際、「もし入居しないなら、その権利を他の人に貸して欲しい」と付け加えます。

その話を承諾してしまうと、数日経ってから弁護士を装い、「あなたが行ったことは名義貸しという犯罪行為になる」とか「権利はあなたが買ったことになっているので、入居するためのお金300万円を払ってもらわないといけない」などと脅して、お金を騙し取るわけです。

その被害者に最初に電話をしたのは別のかけ子の女で、私は弁護士役としてその次に電話をして、その後被害者の家まで現金を受け取りに行く段取りになっていました。

初めて着るスーツに袖を通し、ネットでネクタイの結び方を調べて、電話で指定した時間に被害者の家に向かいました。

インターホンを鳴らすと、「どうぞ」と婆さんの声がして、そっと玄関のドアを開けて中に入ると、マスクをしているにも拘らず、花のようなものすごく良い匂いがしました。

「きっと金持ってるんだな・・・」

もしかしたら、この一件のほとぼりが冷めた頃、タタキ(押し込み強盗)の案件に移行するかも知れません。

玄関の先には綺麗に磨かれた廊下が伸び、その途中の右側に、2階に上がる階段があります。

そこから品の良さそうな婆さんがチラッと顔を半分覗かせ、「やっと来た」と言って2階に上がって行きました。

「おじいさん。やっと来ましたよ」

できれば玄関先で金だけ受け取って、さっさとこの家から離れたかったのですが、2階から「上がってください」と声がしたので、渋々家の中に入り、廊下を進んで、階段を登って行きました。

それにしても、ここまで綺麗に騙されてくれると、なんだか気持ちいいような、申し訳ないような、ちょっと複雑な気持ちです。

2階に上がるとその先にも廊下があり、一番奥の部屋の扉が少し開いていたので、迷わずそこに向かいました。

「失礼します」

そう声をかけて半開きの扉を開けた先にいたのは、婆さんではなく、こたつの上にこちらを向いて突っ伏したまま腐って溶けた人間の成れの果てでした。

その瞬間、今まで花の香りに包まれていた家の中が、突然、嗅いだこともない酸っぱい腐臭に変わりました。

頭の先から足の先まで、怖気が一気に広がりました。

「今逃げ切れば誰にもバレない!」

大慌てで転がるように廊下を戻って階段の手前まで逃げたところで、私は充満した腐臭に耐えきれなくなり、思いっきり嘔吐しました。

さらに、あろうことか慌てていたせいで自分の吐瀉物で足を滑らせ、その先の階段からもんどり打って階下まで一気に転げ落ちました。

階段の一番下まで落ちた時、左腕と左足があらぬ方向に捻じ曲がっていたのを見て、激痛に耐えながら携帯で救急車を呼んで、そのあと気を失いました。

気が付いたのは病院のベッドの上で、周りにいたのはもちろん見舞いの客などではなく、数人の警察官でした。

その後の取り調べで、警察には「なぜあの場にいたのか」と問い詰められ、全部正直に話したのですが、そもそも電話でやりとりしていた婆さんなど、あの家には存在しないことを知らされました。

私は結局、詐欺罪ではなく、住居不法侵入で立件されましたが、初犯だったこともあったのか、嫌疑不十分で保釈され、その後不起訴が確定しました。

かけ子役の女は他にもいろいろとやっていたようで、最後は元締めの男まで逮捕されることになりました。

私が電話で話した婆さんは、あの家で見た婆さんは、この世に存在しない人だったのでしょうか。

未だにそういう犯罪に手を染めている人は、電話の相手がこの世の人かどうか、よく吟味した方が良いと思いますよ。

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この怪談を書いた人

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