神奈川県 専門学校生 細野彩花(20)(仮名)
私には、高校生の頃から毎年同じメンバー3人で来ている、お気に入りのビーチがありました。
その日は夏休みシーズンで天気も良く、ビーチは大勢の人で賑わっていました。
昼頃に到着した私達は、海の家で借りたパラソルと持参したビーチマットを敷いて、まずはのんびり、日光浴を楽しむことにしました。
しばらく友人達と談笑していると、波打ち際に、ちょっと気になる女の子が歩いているのが目に留まりました。
一人ぼっちでトボトボと歩くその女の子は、濡れた髪も、顔色も、手足の色も、水着の色さえも灰色で、全く色がないのです。
華やかな色で溢れ返るビーチで、その女の子は異形の存在でした。
その子はビーチにいる人の顔を覗き込んでじーっと観察しては、またトボトボ歩き、次の人の顔を覗き込んで歩くのを、何度も繰り返しています。
ただ、覗き込まれた人は、目の前に顔を近付けて見られているのに、誰一人として何の反応もしません。
「あぁ・・・あの子は生きている子じゃないな・・・」
私には霊感と言うか、ちょっとそういう感覚があるので、こういうことはそれほど珍しくありませんでした。
しばらくすると、その女の子は、高校生くらいの男の子の顔を覗き込んだかと思うと、足元からスルスルッと背中に這い上がり、男の子の首元に両腕でしがみつきました。
その男の子は、一瞬首元に手をやり、気にするような仕草をしましたが、やはり気が付いていないようです。
そのまま一緒に来ていた友人とじゃれ合いながら沖の方へ泳いで行くと、突然手をバタつかせ、明らかに溺れているようでした。
そばにいた友人が差し出した浮き輪につかまり、なんとか事無きを得たようですが、かろうじて浜に上がった男の子は、四つん這いでゼィゼィと肩で息をしています。
友人達が周りを取り囲んで心配していましたが、誰一人、首元にしがみついている灰色の女の子には、気付いていませんでした。
すると、首元からスルリと離れた女の子は、フラフラと歩いて行ったかと思うと、波打ち際でスーッと消えてしまいました。
「こわ~い。 あの子、何なんだろう?」
そんな事を考えながら、私はいつの間にかウトウトと眠ってしまいました。
どのくらい眠っていたでしょうか。
お腹の上の重さと冷たさで目が覚めると、灰色の女の子が私の上にまたがっていたのです。
「なに? 重い! 怖い! どいて!!」
私はそれを思っただけで、何故か声に出すことができません。
すると、女の子が今にも泣き出しそうな声で聞いてきました。
「どうしてあの時、私のこと見ていてくれなかったの?」
女の子がしゃべると、口から大量の水がゴボゴボと溢れ出し、私の上にかかる感覚がありました。
その時、私は去年の今頃、同じメンバーでこのビーチに来たことを思い出しました。
去年・・・ そう言えば今日と同じ日付けです。
私達がビーチに着いたのは、ちょうどお昼頃でした。
到着後、急にビーチの雰囲気が騒然となり、何人もの監視員の男性がレスキューボードを持って、猛スピードで海に向かって走って行きます。
私達は着いたばかりだったので、詳細は分かりませんでしたが、あとで小学生の女の子が溺れたらしいと言う話を聞きました。
その後、その女の子がどうなったのか知りませんでしたが、今、お腹の上にいる灰色の女の子が、その時の女の子なのだと直感しました。
「ごめんね・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」
私が心の中で必死に謝ると、その女の子は寂しそうな表情を浮かべたまま、スーッと消えていきました。
次の瞬間、目が覚めて飛び起きた私のビーチマットは、一度も海に入っていないのに、水たまりができるほど濡れていました。
私はもう、来年からこのビーチには来れないかも知れません。
皆さんも事故があったビーチで遊ぶ時は、気を付けてくださいね。