東京都 高校生 清水 誠(17)(仮名)
僕が小学生だった時の話です。
両親と僕の家族3人は、毎年、祖父母の住む岡山の田舎に帰省するのが恒例行事でした。
確か小学3年生の夏休みのことでした。
父の夏休みに合わせて、その年も家族3人で、1週間ほど祖父母の家に遊びに行くことになりました。
祖父母の家は岡山の山奥にあり、近くにきれいな小川が流れ、水車小屋があるような田舎で、虫や川魚は取り放題。都会育ちの僕にとっては、まるでちょっとしたアトラクションでした。
祖父母の家の斜向いには木造の古い大きな小学校があり、夏休み期間中は、その小学校の生徒はもちろん、その家族や近所のお年寄りまで参加して、毎朝早朝に校庭でラジオ体操が開催されていました。
都会では珍しいこのシステムに、僕も最初は戸惑いましたが、何回か参加するにつれ、よそ者の僕でも次第に慣れてきて、更に嬉しいことに、参加賞として駄菓子がもらえるので、ちょっとした楽しみでもありました。
ラジオ体操3回目のことです。
その日はいつも参加している生徒が7、8人と、大人が数人と、近所のお年寄り5、6人が参加していたのですが、ふと気づくと校庭の片隅にある大きな木の根元にポツンと1人、体育座りでこちらを見ている男の子がいることに気付きました。
その子はラジオ体操に参加するでもなく、大木の根元に座ったまま、伏し目がちに膝を抱えて座っていました。
ラジオ体操が終わり、僕もみんなの後ろに並んで参加賞のお菓子を受け取り、そのまま祖父母の家に帰ろうと正門の方に向かって歩いて行く途中、その男の子がまだ、大木の根元に座っているのが見えました。
その時、その子が何となく可愛そうに思えた僕は、普段は絶対にそんなことはしないのですが、自分から話しかけてみようと歩み寄り、男の子の足元まで来たところで言いました。
「ぼく・・・ シミズマコト・・・ 東京から来たんだ・・・ 」
すると男の子は膝を抱えたまま、一旦不思議そうに僕の顔を見上げると、すぐに満面の笑みを浮かべ、立ち上がってこう言いました。
「オレ・・・ ショウジ! 気付いてくれて・・・ ありがとう!」
そう言って立ち上がった時、白いタンクトップに紺色の短パンを履いたショウジ君は、僕より少し背が高かったので、たぶん同い年か、小学4年生くらいかなと思いました。
その後、ショウジ君と一緒に、校庭で遊んだり、森に分け入って虫を捕ったり、近くの小川で水遊びをしたりしました。
翌日もショウジ君は、ラジオ体操には参加せず、大木の木陰で膝を抱えて座っていましたが、僕がまた声をかけると、嬉しそうに立ち上がり、夕方暗くなる頃まで一緒に遊びました。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていきます。
東京に帰る日のその朝、僕は大変なことに気付きました。
昨日、ショウジ君と遊んでいた時、寂しさのあまり、明日になったら東京に帰ることを言いそびれていた僕は、その日の朝もラジオ体操に参加して、その時ショウジ君に別れを告げられるものと思っていたのです。
ところが、渋滞を避けるため、朝早めに帰路に着こうということになり、結局最後のラジオ体操には参加できなかったのです。
僕はショウジ君に別れを告げることも出来ず、そのまま車に乗って、祖父母の家を後にしました。
そんな切ない思い出から1年が経ち、小学4年生の夏休みもまた、祖父母の家に行くことになりました。
祖父母に会えるのももちろん楽しみでしたが、僕はまたショウジ君に会えるのではないかという期待と興奮で、出発の前日は眠れなかったのを覚えています。
夕方、祖父母の家に到着すると、挨拶もそこそこに、今年もラジオ体操があることを確認して、明日の朝、必ず起こしてもらえるよう、祖父母に何度もせがみました。
翌朝、期待と不安を胸に小学校へ行くと、ショウジ君の姿は見当たりませんでした。